かつてネット小説書いてた人のリハビリ場所
16★そう
――甲子園、行こうね!
スポ少で野球やってた頃、伊吹がよく言っていた。
とある高校野球マンガの影響だった。
幼馴染みで同級生の男女、という共通点があったせいで、伊吹は過剰に重ね合わせていた。
むしろ、アイツのことだから甲子園行って当たり前ぐらいに思っていたかもしれない。
故に、中学でサッカー部入ってしまった俺へのあたりがひどくなったのも分からなくはない。
分からなくはないし、伊吹の願いを叶えてやるのも俺ではないのだけども、野球部にカレシを作り、高校1年の夏にあっさり甲子園の夢を叶えている件につきましては、なんともよく分からない感情でモヤモヤしてしまって……。
連れてってくれるなら誰でもいいのかよ!
とか、自分は連れて行かないのに身勝手極まりないというか、何なんでしょうねこの感情。
まぁ、地球がひっくり返っても、実は伊吹が好きだなんてことはありえないのだけども……ホント、素直に祝ってやれないぐらい、むしろ呪いたい。
そうか、これは、これまでに食らわされた数々の暴力のせいだ。
言葉の暴力から精神的暴力、身体的暴力まで、暴力というものをすべて網羅したような、キング・オブ・暴力。
歩く暴力女。
存在そのものが暴力的。
離れた今でも苦痛がおさまらずに悩まされている。
――ピンポーン♪
そろそろ来そうだと思ってた。
二回戦敗退した野球部のマネージャーが帰宅した頃合いだろう。代理人が何かを持ってきたと予測。それもトンデモナイものを。
玄関を開けると、幼馴染みと血が繋がっているとは思えない、平均より小柄な男子中学生が天使のような笑顔で待っていた。
「お姉ちゃんからおみやげ。すぐに持って行けって蹴りだされたから持ってきた!」
と高らかに掲げたソレはちょうど俺の目の前。ビニール袋に入った……土?
「甲子園の土だって! 新鮮なうちにお湯に溶かして飲んだらいいんだって!」
めちゃくちゃ笑顔でそんなことを言う大志。
新鮮もクソもあるか! 粉末清涼飲料じゃねぇわ!
俺はすかさず大志の顎を掴む。
「じゃ、一緒に飲むか? 遠慮いらないぜ」
「えんりょひまふ」
どこからどこまでが素なのか本気か演技かわからんやつだが、今みたいにたまに本性出てる気がする。
お土産は土だけじゃなく、ちゃんとお菓子もあった。俺の父宛に。
あっちがそういう態度なら、俺は意地でもそれを口にはしてやらないんだからな。
そして、今日も今日とて、午前と午後の部活入れ替え時間、各所で当然のように小競り合いが始まろうとしている。午後は我がサッカー部。
「おぅ、二回戦敗退じゃねぇか」
「そっちなんかインターハイ一回戦負けだろうが!」
「大号泣してるの全国放送されてたぜ」
「……っんだとコラ、やんのか?」
先輩方が絡むのなんの。これが通常営業なのだが、やっぱり慣れない、慣れたくない! なのでそっと、言い合いをしている野球部員の視界に入らぬよう人影に隠れた。
野球部側は三年が引退したのか、人数的に勢力が衰えている気はするけど。
「無駄なことしてんじゃねぇよ、さっさと部室行け!」
「あ、すみません、キャプテン」
私服で大柄の坊主頭が一喝すると、絡んでいた野球部員がさっと駆けていく。
坊主頭の隣に、マネージャー様の伊吹がマスコットのように添えられて……いつもと違っておとなしい。
このキャプテンと呼ばれた男、ピッチャーの人じゃないぞ? どういうことだ? 伊吹の彼氏、ピッチャーの人じゃなかっただと? じゃ誰だよ。
俺からの視線にそんな疑問が含まれているのを察したのか、伊吹はキャプテンの腕に手を添え、なぜか笑顔を浮かべた。
うん、その人が彼氏さんなんだね、分かった。私服でわざわざ来てるとか、見せつけか。
いや、どうでもいいだろ。
これから部活開始なのに、精神的に疲れてどうする。
とはいえ、気になるものは気になるので、先輩に当たり障りがない程度に聞いてみた。
「野球部のキャプテン、ほかの三年はもう来てないのになんで来てたんでしょうね?」
「ああ、たぶん新しいキャプテンの決定と引継ぎだろうよ。もう引退だからな」
「オレらまだ冬にチャンスあるからな! お得だよなー」
なるほど、そういうことか。
サッカー部にも進路のために夏で部活を辞めた人はいるけど。
「それはそれで就職進学先のこともあるから大変でしょ」
「んー、わからん!」
「全然実感わかないもんなー」
「そのまま留年したりして?」
「ハハハハ! どうにかなるだろ! 高校生は今しかないから、後悔しないようエンジョイするだけだ!」
といった感じで、サッカー部三年はまだまだお気楽極楽。
夏休みに差がつくんですよ、って中学の時に言われたのをふと思い出した。
「石田はもう決まってるらしいじゃん」
「あー、なんか大学側からスカウトされたとかって話?」
石田? ……あ!
ようやく全部が繋がった。
野球部のキャプテンは石田という人だ。4番バッターの内野手。
伊吹が好きな野球漫画だと主人公がピッチャーだったから、すっかりそうだと思い込んでいた。
「え? プロから声かけられてんじゃないの?」
「それ初耳~」
と、定かではない情報に翻弄されたまま、午後の日差しの暑さに、練習もグダグダになっていた。
野球部員が解散していったのは、我がサッカー部が練習を始めて1時間半ぐらい経った頃。
練習になりそうにない記録的猛暑だったので、無理せず木陰での休憩を多めに挟みながらも、今日もこんがり焼けてしまったことだろう。
暑い、もういやだ。プールに飛び込みたい!
「若月は学校にプールあるから、部活がたまにプールになるんだってさ」
「わー、うらやま」
「滑り止めだったけどあっちも受かってたのになー、行く学校間違えたかなぁ」
「学費高いじゃん」
「知らねぇよ、俺が払うわけじゃねぇもん」
若月学園……滑り止めで入試を受けた私立の落ちた方だ。
入試の時に行っただけだけど、学校の規模がすごかったよなぁ。学生生活を送るなら、ああいう施設の充実した学校に憧れるけど、部活面だよなぁ。人工芝のフィールドがあるとはいえ……、
「試合出れねぇ奴がどれだけいると思ってんだよ」
「すごいよな、部員数が。3、4チーム作れそうじゃん」
「いや、部員が100人はいるらしいから、部員だけでトーナメントできるだろ」
「うわ、マジかよ! やっぱ試合ぐらいは出たいからな。多すぎない方がいいわ」
施設だけ見たらちょっといいなぁとは思いはしたけど、ちゃんと第一志望の学校に行けて良かった。まぁ、平日はまともな練習ができている気はしないんだけど。
突然風が吹き始める。気持ち涼しい、というより少し肌寒いような。なんて思っていたら、みるみるどす黒く厚い雲が空を覆い辺りが暗くなってきて、ゴロゴロと嫌な音をたてはじめた。
「こりゃ降るな」
と近くにいた先輩がぼやいた瞬間、すごい勢いで大粒の雨が空から落ち始めた。
「なんだ!? 痛い!」
「どっか、雨宿り!」
屋根がある場所程度では横殴りの雨はしのげず、部室までどうにか戻ったものの狭くて一つしかない入口で大渋滞してしまい、結局みんなずぶ濡れになってしまっていた。
室内はそう広くもない空間で大人数が濡れているせいで蒸して、不快な空気。
自分の荷物までたどり着いて取り出したタオル。ゴワゴワとした触り心地が頭や体をふいていると水分を吸って少し柔らかくなった。
「……あ」
ふと思い出して声が漏れた。洗濯物外に干して出てきたんだった、屋根がないところに。ずぶ濡れかな、大粒の雨がかなり強く降ったせいで多分砂が跳ねてるだろうし、洗い直しか。
そんなことだけなら良かった。
「ああ!!!」
さっきより大きな声が出た。
ゲリラ雷雨なんて予想もしてなかったから、まぁだからゲリラなんだろうけど、自分の部屋の窓を開けてきてしまった。
しとしと雨ぐらいならここまで心配はしない。横殴りで一気にものすごい量が降ってるんだから、もはや無事ではあるまい。
「どうした青木」
声を上げて放心していると、横にいる同級生が心配して声をかけてくれた。
「部屋の窓開けてきた」
「……そりゃ、あきらめろん」
「やっぱりぃ」
帰宅したら、エアコン除湿にして濡れた部屋の掃除かー。
絨毯もラグも敷いてないのがせめてもの救いか。
30分後にはさっきの雷雨はどこへいったんだと思うほどに天気は回復したけど、グラウンドは雨でグチャグチャなので本日の部活は終了――解散。
もう手遅れだろうけど家に急いで帰る途中、それこそいつものコンビニ手前辺りから道路すら濡れていないことに気づいた。
あれ?
疑問に思い、信号待ちしている間につばさにメールを打ってみた。
――さっき雨降った?
返信は早く、降ってないけどどうしたの? という返事がきたので、部活中にゲリラ雷雨でひどい目にあったと報告したけど、こっちは降らなかったよと返ってきた。
これはもしや、助かった?
帰宅して現状を確認するまでは安心できないけど、もしかしたらもしかするかもしれない!
洗濯物はパリパリに乾いていた。
部屋も何ともない。
雨さえ降った形跡もなかった。
自分だけ雨と汗でびしょ濡れだった。
よし、シャワー浴びて着替えよう。いつもより早く帰れたから、つばさに逢いに行こう。
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15☆つばさ
それは、マンガで見るような甘いだけのものではなく、想像していたものとは全然違った。
不安で怖くて、痛くて恥ずかしくて、やさしく触れる指先。
自分の身体のこともちゃんと分かってなくて、ただあなたにすべてを任せた。
繋がった瞬間、泣いてしまってあなたを困らせてしまったけど、言葉にできないぐらいとても、とても幸せで……だから泣いたんだよ。
特別な夜は更けていく。
――カシャ。
携帯のシャッター音で目が覚める。
「なぁに?」
「あ、やべ」
隣にいる創くんが慌てて携帯を閉じ、隠した。
なんとなく、察しはつく。
「寝顔撮ったの? やめてよぅ、消して」
寝る前に寝間着はちゃんと着たので裸を押さえられたという訳ではないので少しは気が楽ではあるけど、自分の寝顔は……あまり想像したくはない。それを撮るだなんてもってのほか。
「消すのはもったいないから、保存しとく」
「もったいないってなんだよぅ……」
「自分しか見ないから」
「当たり前です!」
「じゃ、いいね」
「よくなぃ」
「消すなんてもったいない……」
「もったいなくない」
「だって、毎日見れる訳じゃないし……」
「見られてたまるか! 恥ずかしい」
「あ、伊吹が撮った俺の寝顔盗撮写真持ってたじゃん!」
「あれはあれだよぅ……」
私が撮ったんじゃなくて、伊吹が送りつけてきただけだもん。
どちらも譲らずループ。これを人は平行線というのか。
多少ぼんやり気味だった頭がようやく通常営業をし始めた。
普段、朝はゆっくり寝たりすることはないのに、時計を見ると十時を過ぎていて驚いた。
時間的に朝食には遅いし昼食にはまだ早いという微妙な時間なので、軽め朝食を取って、昼ごはんの支度をして、洗濯を手伝って……自宅とあまり変わらないことをしていた。どうもじっとしているのはダメみたい。ヒマすぎて布団まで勝手に干してしまう始末。
あ、箱が……。
拾おうとしたら、創くんがスライディングをして蹴っ飛ばし、箱が飛んで行った。素早く拾って机の引き出しに入れ、閉める。その背中から感じる、何とも言えない気まずさは一体……うん、なんとなく察しはつくよ。だから追及はしません。
お昼ごはんは炊きたてごはんでおにぎりを作り、そうめんをゆでた。
どちらも作りすぎなのでは? と思うほど大量に作ったけど、あっという間に創くんのお腹に吸い込まれていった。食べ盛りの男子高校生の胃袋、ブラックホール。
「夕方から祭り、行く?」
「うん、行きたい~」
「自転車だけど大丈夫?」
市の端っこに位置する現在地、利用者が少ないせいかバスの便が非常に悪く、日に往復8便、最終便の駅発車時刻が19時半なのだ。
行くなら自転車しか選択肢はないようなもの。昨日の今日でさすがにお父さんに車出してなんて頼めない。ちょっとどういう顔で家に帰ればいいかわかんないし。
「うん、大丈夫だよ。楽しみだね~」
あまり二人で出かけることなんてないから、すごく楽しみになってきた。
16時過ぎにはこっちを出て、駅近くの大型商業施設で時間をつぶしつつ、出店の営業が始まる頃に飲んだり食べたりしながらちょっとブラブラして、20時に花火を見て帰る、という計画。
「そういえば、創君の学校の試合、今日じゃなかった?」
高校野球のこと。伊吹が試合見ろって言ってたし、朝も開始時間のお知らせをわざわざ入れてくれた。
昨日のメールの段階で感想文も書いてよこしなさいとも書いてあったし、もし見なかったら……私ではなく創くんに八つ当たりするんだろうと予測。
創くんはあからさまにイヤな顔をしていたけど、しぶしぶといった感じで、テレビをつけてくれた。
地元の、しかも彼氏が通ってる高校の名前が出てるだけで、全然分からないし、知らない人ばかりなのに嬉しくなるのはなぜだろう。
創くんはいつも顔を合わせていることもあり……なんて険しい顔を!
「――チッ」
舌打ちまでしてる。何があった!?
ベンチに伊吹の姿を見つけ、変にテンションが上がってしまった。
「伊吹、選手と一緒の所にいるの? すごい!」
鳴りやまない爆竹のようないつもの威勢はなく、選手に声を掛けたり、視線を落としておとなしく何かを記録している姿がちらちら映る。
「録画しといた方がよかったかな?」
「……いらねぇよ。帰って来たらDVDに焼いて配ってくるだろ」
「伊吹のカレシさん、ピッチャーの人だよね?」
「キャプテンでしょ? ピッチャーだかキャッチャーだか知らないけど……」
「1番は、高木さん?」
「……」
創くんの声音がどんどん低く小さくなり、ついには黙ってそっぽ向いてしまった。
機嫌、悪くなっちゃった?
『――県中央の高木、一回の表を三者凡退で抑えました!』
……よほどお嫌いなのかしら。
「だー! 高校野球なんざ見てたって面白くもなんともないわ! むしろ不愉快だ!」
テレビをリモコンで切って投げた後、突然立ち上がり、私に向かって迫ってくる!?
肩に担ぎあげられ、廊下を階段を、創くんの部屋で降ろされて、そのままお腹のあたりに頭をうずめるようにして腰に手を回してきた。
「え? なに?」
「何もクソもあるか……せっかく一緒にいるのに、伊吹と高木見てたって面白くねぇわ」
うーん、不愉快だったんだね、ごめんね。
出発の16時まで……ちょっとあまあまでえちえちな時間を過ごしてしまった。
布団は干しているので床に押し倒されてしまい、逃げられないし距離が近い。
真剣なまなざしを向けられると、ドキドキして雰囲気に流されてしまいそう。だけど、明るい時間だと恥ずかしさが勝ってしまい、
「恥ずかしいよぅ」
と、顔を背けてやんわりお断りしたかったのだけど、
「次、いつこうやって一緒に過ごせるか分からないんだから、ダメ」
って……断る理由を封じられてしまった。
確かにその通りだった。創くんは学校がある時でも帰りは遅いことが多いし、休みの日でも部活があったり試合があったり。
違う学校に通い登下校の時間も合わない、家の距離、父の帰宅や在宅時間とかなんとかで、今までにそんな時間が取れるタイミングなんてなかった。
それこそ、創くんのお父さんの社員旅行、部活の休み、夏祭りがたまたま合っただけ。来年は合うとは限らない。
そんな状況で、次なんてあるの?
胸がギュッと痛くなった。
こんなに幸せな時間を過ごしてしまったら、後で辛くならない? もっと一緒にいたいってわがままで困らせてしまいそう。
でも、だけど?
今は今しかないの。後で後悔だけはしたくないよね。
恥ずかしいけど、創くんに手を伸ばしてそっと背に回した。
出掛ける支度をしながら、鏡ごしの私は困っていた。
毛先をいじっても、変な方向に曲がってしまった髪が戻らない。
普段は寝癖にはあまり困らないけれど、もにょもにょ……。
結べばどうにかごまかせそうなので、ハーフアップくるりんぱを慣れた手つきで作り上げた。
「髪、結んでいくの?」
「うん、ヘアアイロン持ってこなかったから、寝癖直りそうにないからごまかすー。ヘンじゃない?」
「大丈夫だよ」
うーん、男子目線の大丈夫は女子的な大丈夫とは違う気がする。ちょっと不安にも思うけど、もはや考えすぎても仕方ない。一度自宅に着替えなどの荷物は置いていこうと思っていたけど、お出かけ準備の追加までしていたら時間が掛かってしまうので、そこは諦めることにしよう。
創くんは、半袖だとグローブの日焼けが恥ずかしいと言いながら、薄手の長袖パーカーを羽織ってはいたけど、すぐに袖を捲って日焼け露出。
それは長袖である必要があるのでしょうか?
私のそんな視線に気付いてか、捲った袖を一度戻したものの暑いらしく、隠すことを諦めて脱いでいた。
「何で着たの?」
「……うっさい」
恥ずかしそうに小さく口ごもった。
日は多少傾いてはいる時間だけどまだまだ日差しは強く、玄関を出て西寄りの太陽と対面した瞬間、額から汗がにじみ出た。
「あっつぅ」
一瞬で身体も汗でベッタリだ。
いつもの分岐点にあるコンビニで別れて、私は一度家に荷物を置きに行った。玄関を開けるとムッとした空気が漂っている。車もなかったし、お父さんはいないみたいで少し安心してしまった。
荷物に入ってる洗濯物は後で仕分けるとして部屋の隅に置き、姿見で頭からつま先までざっと確認。
うん、オッケー。髪も何とかごまかせてる。
創くんがコンビニで待ってるから早く行かなきゃ。
履き慣れない少し背伸びしたサンダルで、来た道をコンビニまで戻った。
祭りがある駅方面に近くなるにつれ、祭りへ行くと思われる人の姿が多くなる。
時間がまだ早いこともあり、私たちのように大型商業施設に入っていく人もいたり、駅も待ち合わせで人が多かった。
時間つぶしに入った商業施設であっちこっち見て回っていると、まだ祭りにも行っていないというのに足が悲鳴を上げかけていた。
変に力が入ってるのか親指の付け根が痛い。かかともサンダルのストラップで摩擦したかのような痛み。嬉しくてはしゃぎすぎたのかな、慣れない靴で歩き回るものじゃない。
どこか座りたい。もうサンダル脱いでしまいたい。オシャレすることは悪くないけど、自分に合ったものであることも大事だった。
「――――?」
「え?」
足の痛みに気を取られ、創くんが何を言ったのか聞いていなかった。
「いや、そろそろ出店見て回ろうかなって……どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫だよぅ。うんうん、お店見て回ろう!」
怪しまれてしまったので、心配かけないよう普段通りに装う。でも頭の中は、足の疲労と痛みでいっぱいだった。
これでは楽しめないよぅ、と少し悲しくなってしまうけど。
フライドポテト、からあげ、たい焼き、かき氷、わたあめ、焼鳥、点滴袋のジュース。
おなかすいてるからいろいろ食べたいけど、全部買っちゃうと高くついちゃうので、飲み物は近くの自動販売機で購入し、別々の食べ物をシェアして食べた。
このからあげは……胸肉だ。
途中で当然のように学校の友達に会い、
「えー、カレシいたのー? 羨ましいんですけどー!」
「滅びろーくそぉー!!」
と私の友人には羨ましがられ、恨まれ。
一方、創くんの高校の先輩とおぼしき人が現れたときは、壁際に押し隠されてしまった。
「先輩、こんばんは!」
「おー青木、つきあえよー」
「いや、今日は中学時代の友人と来てるのですみません」
「ナンパ行こうぜ! 彼女作ろうぜ! 夏休み楽しみたいだろう?」
「ナンパだなんて、自分にはまだ早いですよーアハハハ」
うーん、紹介できない彼女なのかな? ちょっと悲しい。
「すまない、俺があとあととばっちりでひどい目に遭う」
んだそうで、部活の先輩だったみたい。
食べている間は座っているからまだいいけど、足の疲労と痛みはかなり蓄積され、追加で小指も痛くなっていた。
「――――?」
ため息をついて、ふと我に返る。
今、話しかけられてた?
創くんの顔を見ると、心配そうにこちらを見ていた。
「ホント大丈夫? さっきからちょいちょい元気ないっていうか、上の空? 具合悪い? それとも機嫌が悪い?」
「違うの、そうじゃなくて……」
隠していても自分がつらくなるだけだし、こんなに心配かけてしまうほど明らかに私の態度はよくないみたいだから、もう正直に話すことにした。
「慣れないサンダルで歩き回ってたから、足が痛くて……」
創くんは黙って私を肩に担いで歩き出した。
いつもより頭一つ分以上高い景色が後ろ向きに流れる。後ろを歩く人たちと目が合い、クスっとされては目を逸らされる。
ある意味注目の的になっている。これはこれで……
「ちょ、恥ずかしいこれ……」
「少しガマンしなさい。足痛いんだろ? 歩きたいの?」
そう言われると、もうできれば歩きたくないという気持ちの方が大きいので、黙って担がれることにした。頭は下げて人と目が合わないようにして。
人ごみから出るよう、屋台が並ぶ歩行者天国になっている道から横にそれて、線路沿いの公園まで来るとようやく降ろされてベンチに座らされる。
まだ祭りが始まったばかりなのと、会場から少し離れているためか、たまに人は通るけど留まる人はいなかった。
「絆創膏いる?」
足を確認すると、両足とも摩擦でかかとと小指の皮がむけていて、血は出てないものの思っていたよりひどい状態だった。
創くんは財布を探り、絆創膏を出してきた。
「準備良すぎでしょ?」
と少し自慢げなご様子。私の足の状態を確認しつつ小指に1枚、かかとには2枚、キズを覆うように絆創膏を貼ってくれた。
「部活でマメできたり潰れたりとかあるから、たまたま持ってただけだよ」
「うう、女子力高い……」
「いや俺、男なんですけど」
男子力?
絆創膏を貼ってくれただけでなく、そのまま足のマッサージまでしてくれた。迷惑かけちゃったのに優しすぎて涙が出そう。
私、看護師になろうと思ってるのに、創くんの方がそういうのに向いてるんじゃないかな? 女子力も気遣いも空回り。
結局、祭りを楽しむことはできなかったけど、公園で話しをしながら足を休めて遅くならないうちに帰路に就いた。
14★そう
――四日前。
部活帰り。普段は行かない通学路を少し外れたところにあるドラッグストアにて、怪しく店内を見回す男子高校生。別に万引きしようというのではないので捕まえないでください。
それがどの売り場に該当するのか謎なので、陳列棚一列ずつ見て回っていると、自分には全く関係がないベビー用品の向かい側に目的のブツを発見。確かにベビーの関連だ、奥が深い陳列マジック。無事に見つけたことで辺りを少し見回し警戒態勢。よし、誰もいない。
さてと……どれがナニでなにが何だ?
なぜか品ぞろえがいいのかこれがデフォルトなのか分からないが、幅1メートル、高さ150センチほどの棚の三分の一もその商品があるんですけど。しかも視線のちょっと下あたりでずらりときれいに陳列されている。一箱でも抜けたら目立ちそう。
値段も千円でお釣りがくるものからオーバーするものまで。とにかく薄さを強調したような数字が入ったものが目立つ。
どこを重視して選べばいいのかなんて当然知るわけがなく、結局その日は手に取り損ね、買う予定になかった掃除用品と菓子とジュースを持ってレジを通過したいくじなし。
また明日あのコーナーをうろうろして買いそびれて、明後日また店内うろついて挙動不審なことしたらさすがに声掛けられそうな気がするので、一日あけるとしよう。一回休み。
ちょっと、意識しすぎだろうか。
いや、あれだけのこと言って丸腰というわけには。もしかしたら困るでしょう。
それにいつかは通る道だと思うし……。
とにかく自分が一番信用できない。
と、頭の中はごちゃごちゃ。
今日みたいに、いくじなしなら心配はしやしないんだけど。
お互いたまに、とんでも行動しちゃうから。
土曜、羽山がうちに泊まりに来るなら、それなりの覚悟をしてくるということ。だから俺も、それなりに覚悟をしておかなければならない。
来ないなら来ないでそれも仕方ない。あんな言い方したんだから構えて当然。
右も左も分からないくせに、よくそこまで言った、あとは知らんぞ。どうにでもなれ? なんとかなるさ。
ごちゃごちゃごちゃ……。
帰宅後、掃除をしつつもごちゃごちゃ考えてしまった。
さて、あれはどうやって買うべきかな。もう、勢いしかあるまい。いや、種類が、どれを、ぐおお!!
ああ、布団が、ほこりがすごい、叩いても叩いてもキリがない!!
これ……いつまで叩いたらいい?
ご近所さんごめんなさい、バンバン音立てて。家が建ち並ぶ団地で、布団を叩く音がこだまする、主婦がくつろぐお昼のワイドショータイム。
――三日前。
午前中、野球部が最後の追い込みみたいな感じで練習しているのを横目にトレーニングをしていたサッカー部。ゆっくり休むとか出発前準備だとかで野球部が午前いっぱいで部活を切り上げたので、急きょ午後から練習になった。
学校近くのコンビニで昼食を調達し、体育館裏の涼しいところで食べて、試合以来初の本格的な部活動だ。
羽山と遊ぶ約束してなくて良かった。
全面練習ということで、後半は試合形式。現レギュラー陣VSそれ以外軍団。
当然俺はそれ以外軍団のキーパーで、現レギュラーに攻め込まれるわ攻め込まれるわ、ひどい有様だった。
「――先輩、がら空き、あー違うって、あっち!!」
なんて大袈裟な手振りで一年な俺の指示がそうそう通るわけもなく、がら空きになってるMFにパスが通り、ゴールネットが揺れるところだが、どうにかキャッチ。がら空きだったからこそ見えたパスからのボレー。
それ以外軍団、どうもボール持ってる敵FW追いかけすぎ。どうにかボールを奪おうとしているのは分かるけど、テクニックが足りてない。
と、偉そうな分析はしているけど、俺がDFに戻ったところであれをどうにかできる気はしない。
そして試合終了。結果は0-0。
どうにか得点は許さなかったが、ボール支配率やシュート本数が……ひどい。
現レギュキーパーなんかもう、試合途中からゴール前に寝そべるというぐらいの態度でしたよ。
もう……今日の練習、全面じゃなくて半面でもできたんじゃね? ってぐらいだった。そのぐらいひどい有様ですよ。
これじゃ、来年度は大会優勝……県代表は無理かな……。現レギュラーのいないチームが最弱すぎた、俺も含め。
「動き、良くなったんじゃないのあおちゃん」
とレギュラーズFWの山野先輩に声を掛けられ、頭の上にクエスチョンマークが数個出てくる。
「挫折したくなるぐらい容赦なくゴールに叩き込んでやろうと思ってたのに、全部止められるとは思わなかった。シュート打ったのはオレだけじゃないけど」
「あ、はい。ありがとうございます」
「問題はあいつらだな」
と、すでに罰ゲームが始まっている中央部。レギュラーズの罵声を浴びながら、試合に出ていたそれ以外ーズが腕立てをしていた。
「次、ふっきーん!」
やけっぽい返事をして次は腹筋。
俺も負けたチームなので、罰ゲームに参加しなければいけないはず、と思ってそっちへ行こうとしたのだが、山野先輩に呼び止められた。
「お前はいいよ。かわりに、PK地獄だから」
地獄……もはや嫌な予感通り越した。
「同点で試合終了してるから、本来なら延長もやって、それでも決まらなければPKだ。試合ではタイミングが合わずうまくボールが入らなかったり、味方が妨害したりで運よく得点にならなかった。しかしPKは一対一」
言いたいことはなんとなく分かる。これは罰ゲームというよりは、試合の延長って感じでもあるし、俺の実力を試されるということ。
障害のない万全の状態から、ゴールだけを狙って打たれるボールをどこまで読んで、どう動くか。
読みすぎるとだめ、一瞬の判断の遅れやミスは命取り。
野生のカンか、それはひどいな。
置いたボールから左右どっちかに下がるやつは利き足がどっちか分かりやすい。
山野先輩は……こちらから見てボールより右後ろに下がっている。利き足は右だ。
力みすぎてボールが浮いてゴールをそれたら儲けもん。
PKはボールが取れなくても、ゴールにはいらなければいい。こぼれ球を叩き込まれる心配も、敵味方が突っ込んでくる心配もない。
助走をつけ、ボールが蹴られる。体の向きはほぼ正面。蹴り損ねでもない限り左に入ることはない、右だ!
ボールが通るであろう予想軌道に手を、違う、低い、足だ!
とっさに足を伸ばす。
何がどうなったかよくわからない恰好で、地面に落ちる。
ボールは、どうにか足にかすったものの、ゴールネット内。
「はい、もう一回」
止めれなかったから笑顔だよこの人、なんかムカツク!
ボールを先輩に戻し、ゴール真ん中に構える。
「お願いします!」
結局、読み違いが多くてどっかんどっかんゴールに叩き込まれた。
さすがに50回中5本しか止めれないとか役に立たなさすぎる。絶望。
「そんなに落ち込むなよ八割はボール触ってたじゃん」
「取れなきゃ意味ないでしょ」
「PKで全部取るキーパーなんて恐ろしいわ」
「まぁ、見たことはない、ですけど……」
そんな感じで、俺の罰ゲームも終わった。
今日は予定外の部活延長で疲れてしまった。
夕飯と朝食を買ったら帰って横になっとこう。
ふと目覚めたら外は真っ暗、夜中だった。
――二日前。
伊吹ら中央高校野球部が甲子園へ向かう日。
前日の午後練は日差しがキツかったので、午前の練習。今日も当然全面。
昨日に引き続き、試合形式の練習だった。
今日の対決はバランスよく、レギュラーではない部員を半分にして、足りない分はレギュラーが交代しながら入るという構成。
ボールの回し方がどうもヘタクソで、なかなかどちらのゴールにもシュートを打ち込まれることなく前半終了。
やはりこのチーム構成での練習不足のせいか? 我が部の得点王がいるチームであってもなかなかゴールにまでたどり着かない。
これ、現レギュラー三年が引退したら、大変なことになるだろうな。としか思えない。俺もキーパーはじめてまだ四ヶ月だし。来年、キーパー入ってきたらフィールドプレイヤーに戻してもらおう、そうしよう。俺にはこのポジション合わない、きっと。
ふと気付けば目の前で繰り広げられているボール争奪戦。そして、
――ボールがまっすぐ、顔面に向かって飛んできてる。
「……っぶね」
思わず避けた。ということは?
「誰が避けろっつったぁあああ!! 顔面で受けてでも止めろ!!」
はい、相手チームに点が入りました、すみません。
でも顔面はいくらなんでも無理。
その一点のせいで俺の属するチームBは負けまして、罰ゲームは恐怖のPK地獄。
ゴールへ打ち込まれるボールの勢いからはすごい殺気を感じた。
今回のはホントに俺が悪い。油断しまくってた、他のこと考えてた。
そして、ゴールに入ったボールの数だけ、ゴールポスト懸垂。
めちゃくちゃムキムキになっちゃう……。その前に明日は肩回りと腕が筋肉痛かもしれない。
「お疲れ様でしたー」
練習が終わり、一年が上級生を部室から送り出す。
部室はスプレー鎮痛消炎剤臭い。犯人は俺、先輩に脱がされてぶっかけられた。
一年は部室をざっと掃き掃除をしてから帰る。
「おつかれー」
「また明日なー」
一年も自転車置き場にて解散。自転車に乗ってると、鎮痛剤のスースーする感じが目に染みる。
昼飯何にしよう、ざるそばがいいな今日は……。
あと、何か……何か重要なものを忘れて……。
「あ」
疲れすぎててうっかり忘れるとこだった。
もう、今日か明日かしかないのに。今日避けたら明日しかない。ならば明日の俺の為に今日こそ!
と、通学路から外れて二日前にも来たドラッグストアへ。
店から出て来た俺は、濃い色の紙袋を持っている。
店内で挙動不審になること十分ぐらい。店員に捕まることも声掛けされることもなく購入には成功した。
俺は大人になったぞ! 気分だけな。
けど、二度と来れないこの店!!
逃げるように自転車を漕ぎだす。いつもの通学路へ戻り、いざ帰宅。
コンビニでざるそば買おうと思って寄ったらすでに弁当らしきものが売り切れており、仕方なくここから一番近いスーパーまで来た道を戻った。
お惣菜コーナは3割引き、半額のシールがついていて何だかお買い得? たまには違ったものを食べれるし、スーパーもいいかな。
――当日。
「いってらっしゃい」
朝、もう出ると声を掛けられたので、あくびをしつつ階段を降り、社員旅行へ行く父を玄関でお見送り。
すでにいい時間なのでそのまま朝食から部活の準備。飲み物は……行く途中でコンビニに寄って2リットルのスポドリを買う。
夏の高校野球は本日、甲子園で開会式?
この日も午前活動、試合形式。
俺はとにかくゴールの前。
ああ、走ってボール追いたい。敵ゴール近くに行かれるとものすごくヒマというか、それでもここから離れてボール触りにいく訳にもいかないし、なんだろうねこれ。
肩や腕は微妙に筋肉痛。動かすと痛むがイヤな痛みではない。痛気持ちいいというか、いや、マゾじゃなくて。
「グローブ焼けが……」
休憩中、日陰でグローブを外した手を見つめる。
左右対称にグローブをしているところだけ白い。だけならまだいいんだが、半そでで練習しているせいで腕から手首付近までが焼けているという不思議カラー。
まぁ、野球やってた時よりこれはいいと思わなければ。
え、いいのか? 露出してる分、涼しいかもしれんが足も変な焼け方してるじゃないか。
しかし暑くてもインナー長袖にしとくべきだったかと後悔したが、まぁ、電気消しとけば見えないか……。
――ガッ!!
痛い!
雑念払おうと地面を殴ったが痛かった。
気が早いぞ俺。まだ部活中なんだから部活に集中しろ! それに突然来られなくなったとかあるかもしれないだろう。過剰な期待は思い通りにならなかったときの絶望に繋がる。
「ボールはキャッチしたらぐっと抱きしめて離さない。こぼしたらぶち込まれるぞ」
「はい」
休憩が終わると正キーパー直々の個別指導。
ゴール前に立たされ、ポンポン投げ込まれるボールを一心不乱にキャッチ、またはパンチ、とにかくゴールを守る。
「あと、各方面から突っ込んでくることあるから、身を守るようにこう……」
まぁ、口で説明するよりやってみろってことで、転がされたボールに飛びついて自分に引き寄せ、体を丸める、感じ。たとえ体ごと蹴っ飛ばされても、ボールだけは!! ぐらいの勢い。
フィールドプレイヤーに比べたら地味なポジションだな、としか思ってなかったが、練習方法は全然違うし、試合でもそう目立たないけど……フィールドに一人しかいない特殊なポジションだと思ったら何だかカッコイイかなって思えるようになってきた。
「守護神」
ぼそりと呟く。何と言っても、このゴールキーパーの俗称がたまらんカッコイイ。
正キーパーとなれば背番号は1。
「青木は守護神というよりザルだな」
「うきー!?」
「そりゃサル。まだまだってこと」
まぁ、キーパー初心者ですからまだまだですね。
そして昼で練習は終わり、明日は部活もお休み。ゆっくり休む――カッ!!
帰ろう、とりあえず。
今日もスーパーで昼ごはんを調達。しかし、毎日のように行っていたのがあまりコンビニに通わなくなったら店員さんに来なくなったなとか思われるだろうか? 気にしていては毎日同じ弁当になってしまう、ここはローテーションということで、とどうでもいい弁当事情。
さて、羽山が来るとしたら何時ぐらいだろうか。三時ぐらいか? 夕飯がどうこう言ってたから買い物とかあるかもしれないし。
コンビニを通り過ぎ、中学校を過ぎる。更に自宅方向へ走っていくと小学校があって……ここで携帯が鳴っていることに気付いて自転車を止めた。電話の相手は羽山だ。さて、来るのか来ないのか……。
「家の場所、分からないんだけど」
ということは、来るのか……。色々と間が持つか心配なんだけど。
「ああそうだね。今どこ?」
「まだアパートの前だけど」
ということは、だいたい中間にあたる場所で待ち合わせをすべきだろう。なのでコンビニよりウチ寄りで、
「じゃ、中学校の正門のとこで待ってて、迎えに行くから」
電話を切って自転車の向きを変え、来た道をまた戻り、羽山を迎えに行った。
中学校の正門前ですでに待っていた羽山を連れ、少しゆっくりめで走る自宅へ向かう田舎道。いつもは一人だから少し変な気分だ。
そして走ること十分弱、ようやく自宅まで帰ってきた。
ドアを開けて羽山の方を向くと……妙に目が輝いていた。
「突撃! おうち拝見」
そしてすぐ我に返る。
そんなに楽しみにしてたのか? 変な期待しちゃうよ俺が。
「ちが、いや、一戸建て珍しいというか、ひとんち好きっていうのか、そんな感じで」
「……ウチは住宅展示場じゃないよ」
「ああ、住宅展示場パラダイス!」
ああなんだ、アパート住まいゆえの一戸建てが珍しくてテンション上がっちゃうタイプか。やたら二階に上がりたがるんだ、そういうタイプ。
それからどうもぎこちない会話をして、夕飯の買い出しに行って、夕飯作ってもらって……。夕飯にリクエストしたのはカレー。母がいなくなって以来、家で手作りのカレーなんて食べたことがなかったから。
でも味は、羽山のカレーもおいしいけど、母が作ってくれていたものとは全然違った。作り方は単純で、材料だって変わりないはずなのに、何がその差になったのか全くわからないが、大皿三杯頂きました、ごちそうさまでした。
羽山が風呂に入っている間、テレビでは甲子園がどうのこうのとやっていた。
一年目にして念願の甲子園へ行けて、伊吹は感動して泣いているであろう。そういうタイプには見えないヤツだが、高校野球と甲子園は特別な思いがあったみたいだし、マンガの影響で。
座卓に置いたままの携帯が鳴る。思わず自分のを開いて確認するが、あの着信音は俺のものではない。羽山がココに置いて行った携帯のサブディスプレイが文字を表示している。
→✉ 桜井伊吹
……早速ご報告ってところか。たぶんこれまでに何度も野球を熱く語ったメールが届いたんだろうな、と思うと羽山に申し訳ない気がしてくる。
羽山が風呂から上がって確認したら、メールに添付されていた写真の伊吹はやはり泣いていたようだ。
そして、俺は風呂の浴槽に浸かったまま、固まっていた。
思考はどうも断片的。うまく物事を考えられなくなっている。
そうだ、まず頭を洗って、身体も洗って……いや、さっき洗ったし、もう何分浸かってるんだっけ?
……。
ああ、着替え持ってくるの忘れた。まぁ、下だけ穿いて探しに行こう。
…………。
掃除、してから上がった方が、いやいや、後で入るかも? じゃ、このままでいいか。
………………。
長く入ってる理由はないな、変にどこか(バックグラウンド)で考えすぎててメモリ足りてない。
上がろう、じゃないとそのうちのぼせる。
パンツだけは洗面所のタンスにあった。ハーフパンツはさっきまで穿いてたやつ、あとで着替えるけどとりあえず今は仮で。他はいつも干したあとに取り込んだものが山積みになってる中からの発掘。父の部屋の隣の部屋にてんこ盛りだ。
いつもならダイニング経由でその部屋に行くところだが、今日は父の部屋から回って……いけないだと!?
なぜ続きの部屋になってるのに襖の所にテレビとか置いて塞いだんだよ! つーか、めちゃくちゃ汚い。俺の部屋より汚い。ビール缶がごろごろ、つまみのごみがあっちこっち。何か変な臭いする。
不快すぎてすぐ出てドア閉める。
仕方あるまい、ダイニング経由で……。
「あ……ひゃぁー、あれ?」
羽山に二度見される。なんとなくその理由が分かってイヤだ。
「服着てるのかと思ったら見事な日焼けですね……」
一生懸命顔を逸らしつつそんなことを言われる。思った通りだ。
「頑張ってますからね、部活」
個人的には夏の方が好きなのだが、この想定外のグローブ焼けを見てしまうと早く冬になってほしいと思ってしまうだけに、とてつもなく残念なことだが、この日焼けのせいでとてもプールや海に行く気にはなれない。
ダイニングと父の部屋の間にある服置き場的な部屋で、山になってる洗濯物から自分のTシャツを探す。できるだけ良さそうなやつ。下も穿き替えねば、ということで、着替えを持って再び洗面所へ戻り、脱いだものは洗濯機へ放り込んだ。
その後、ダイニングでテレビを見てるだけ。座っている位置の微妙な距離感。
ゴールデンタイムのバラエティ番組を並んで黙って見てるとかどういうことだろう。
……まぁ、先日の海といい昼間のアレといい、俺に寄って来たらだいたいエロいことされるからな、さすがに警戒されてるのか。
と言って俺から寄っていって体引かれたら落ち込むわ……。
やっぱ、まだ早いのかな。今日はおとなしくしておくべきなのか? この状況からだと、とてもそういう雰囲気に持って行ける自信がない。
下手なことして嫌われでもしたら本末転倒。
「アイスでも食べようか」
いいタイミングで思い出したので、とりあえずは頭冷やそう。
部屋の室温はぬるい。扇風機の風が当たっているだけ。
「チョコクッキーやストロベリーも好きだけど、やっぱりバニラが一番好きかなー」
「俺はバニラならチョコ入ってるやつかな。チョコ味じゃなくて」
カップのバニラアイスのおかげで、どうにか会話に繋がった。
「かき氷は何味派?」
「イチゴの練乳掛け」
「王道だね。私、レモンが好きなんだけど、これあたりはずれがあってね……」
と語りだす。甘めのはちみつレモンっぽい方が好きらしい。ハズレは水っぽいとか……蜜の量が少ないだけじゃないのか?
「じゃ、夏祭り行こう。まだ終わってなかったよな。いつだっけ?」
「今日と明日だよ」
「今日? 言ってくれたら良かったのに……」
「明日でもいいよぅ」
ドキっとした。
心臓止まるかと思った。
口から出るかと思った。
バラエティ番組は終わり、次は洋画やドラマが始まる時間だ。
「洋画かドラマ、見る?」
心臓は苦しいぐらいに鼓動が早い。
羽山は視線を下に向けたまま首を横に振った。
「じゃ……部屋行こうか」
全身がしびれるような感覚に襲われる。
羽山はゆっくりと首を縦に振った。
「……うん」
一瞬、頭の中が真っ白になったがすぐに呼び戻す。
扇風機を消す、廊下の電気をつけ、ダイニングの電気を消す。階段の電気をつけ、玄関のカギを閉めて、廊下の電気を消し、階段を上がる。部屋の電気をつけて布団を敷き、階段の電気を消して、ドアを閉めた。
部屋に二人立ったまま、異様な空気。
これをどう変えるのか、浮かんではこない。
とりあえずは向き合うことから……。
参考にと思って体験談をネットで読み漁った。知識は、全くないという訳ではないと思う程度。
焦りは禁物。大切なものを扱うように、大事に、丁寧に……。
まずはそういう雰囲気に……。
抱きしめて、キスをして、彼女の反応をみつつ深く。首筋は期待以上の感度で、必死に声を抑え、身体を震わせている姿がたまらない。
しかし、しつこくその反応を楽しんでいると、
「もう、やだぁ。電気消してぇ」
ここで足踏みしてる場合ではなかった。先へ進もう。
初めて触れた彼女の身体は、柔らかくて……。
「優しくできなかったら、ごめんね」
――苦戦と快楽。
13☆つばさ
「……ほんっとによぉぉぉく考えてから来て。ほいほい気軽に来ないで。むしろ、そこそこそれなりの覚悟とかしてから、来る気があるなら来て。まぁどうなるか分からないけど、万が一ってこともあるからどうとも言えないし。いや、来てほしくないなら誘わないよ。そりゃ来てほしいけど、なんというか、健全に過ごせる自信はないし、だから、そういうことで……」
覚悟とは……。
少女マンガであるそういう場面は、あれよあれよで意外とすんなりで……。
友達の話によれば、痛くて苦痛という人もいれば、別に言うほどでもないって人もいて、結局は人それぞれだよって言われる。
「相手が自分をどう思ってるか、分かるよ」
ドリームタウンにあるドーナツ店にて、クラスメイトの一人穂積さんに呼び出された私は店の隅のテーブルでそういう話をしていた。
メールでちょっと聞く程度のつもりだったんだけど、直接話した方が早いって。
穂積南那(ほずみ なな)――同じ看護科一年。クラスの中でも落ち着いた大人女子。相談は彼女に持ちかけるといいアドバイスをもらえるとなぜか評判であり、私もこのたび相談を持ちかけた側。
「自分のやりたいようにがつがつやっちゃう男はダメ。女のことを考えてない」
「……へぇ」
「あと、やたら気持ちいい? とか聞いてくるやつ、気持ち悪い。下手なのよ、そういうのに限って」
「……ふぅん」
返事はするけど、ピンとこない。
青木くんは私を大事にしてくれてると思うんだけどなぁ。優しいし……泊まりに行く話だって、自分の欲のためだったらあんなに注意してこないだろうし、ちゃんと考えてくれてるからこそあんな言い方して私にも考える時間をくれたと思うし。
「少女マンガみたいにはいかないから。あの知識は役に立たないよ」
「左様ですか」
そういうシーンがちらっとあるだけのマンガで勉強してたつもりになってた。
「ウィキ読んだ方がよっぽどいいよ」
「ネットの百科事典だっけ?」
「そうそう。あっちの方がよっぽど分かりやすく書いてあるから」
「何て調べるの?」
「……好きに調べなさいよそんなの。まぁ、局部にモザイクないから気を付けて」
「え!?」
「ある意味、男が好むAVやエロ本よりいい教材かもね。雑念が含まれてない分、勉強になるんじゃないかな?」
その後も彼女の体験談なのか、目がテンになるような話がぱんぱかぱんぱか。
穂積さんがドーナツと飲み物を追加でおごってくれ、更に愚痴(?)は続いた。
何か、男の人に恨みでもあるんだろうか……。
「言ってなかったかな、わたし高校受けなおしたからあなたより一つ年齢は上なの」
「だから人生経験豊富なんだね」
「……バカにしてるの?」
「そういう意味ではなくて……」
「天然なのね」
「誰が?」
「あなたが」
「……たまに言われる」
「クラスでもよく言われてるじゃない」
「うう……。でも、高校受けなおすってすごい決断だね」
「……去年、タニジョの看護科落ちて、とりあえず別に受けて合格してた学校に行ってたけど、看護師までの道のりは遠くなるし、勉強にも身が入らなくて、このままじゃダメだって気付いたの。だから学校やめて、一年勉強して……合格できた時はすごく嬉しかった。その分、入学金が制服がって親に小言は言われたけどね」
そして、諦めなくてよかった、とつぶやく。
「ああごめんなさい、話がそれたわね。羽山さんのカレシがどんな人かは分からないけど……いい初体験になるといいわね」
と、柔らかく微笑んだ。
一年長く生きてるだけでこんなに落ち着きがあるんだ……。
きっと、あれだけのことを言ったのだから、男性経験も豊富なはずだ。人は外見では分からない。
「こちらこそ、一人で考えててもどうしようもなかったから助かりました」
「でも……初体験の相談はあなたが初めてよ」
これはどう捉えるべきか……。
そして、穂積さんと別れて信号待ちしていると、メールを受信した。
青木くんかな? なんて期待しつつ携帯を開くけど、残念ながら送信相手は穂積さんだった。
――いい下着ぐらいつけときなさいって言い忘れてたわ。
そこまで考えてなかった、ありがとう穂積さん!
返事を打つ前にまた次を受信。
――セクシーなやつじゃなくて、自分に似合う、相応なやつよ。あなたにはセクシーはまだ早いから。
うーん、ズバズバくるね。まぁその通りだと思います。
ありがとう。これから見に行ってみる。と返信して、渡りそびれた信号を再び待ち、帰り道の途中にあるファッションセンターにでも寄ることにした。
やはり上下セットだよね。
夏らしくスカイブルーとか。
洋服までわざわざいいかな。
おお、ふかふかのクッション、欲しい。
お布団……きゃぁ!
違う違う、通路沿いに歩いていたら脱線してしまった。とりあえず下着だってば。
サイズをしっかりチェック。B75……。そこから選ぶ。
黒いツルツルとかヒョウ柄とかどうも視界に入るけど、自分にはとても似合わない。むしろ驚かれそう。
――つばさ、やる気満々じゃん。
違う、断じて違う!
ふわっとして、かわいいやつ、脱がされ……、ひやぁぁぁ。
女性下着売り場で、妄想と葛藤してたのは私です。
駅方面に出ていたので、途中で青木くんに会ったりしないかなーなんて少し期待してたけど、会うはずもなく……帰宅したらもう午後二時。遅い昼食を取るところだけどドーナツを食べたせいで別に欲しくはない……。
買ってきた下着のタグを切って、お泊りに持って行くものをまとめる。
寝間着よりハーフパンツとTシャツぐらいでいいかしら? それじゃ雰囲気台無し? いっそ持って行かなくても大丈夫かも?
いや、夜とは限らないかもだし……。
って、何を考えてるんだ私は!
着替え、とにかく着替えだ! タオルにトラベルセット! 詰めるバッグは修学旅行に使ったっきり押入れの肥やしになっているスポーツバッグで。
……待って、こんな大荷物で土曜、お父さんに何て言って出たらいいだろ?
ドキワク気分をぶっ飛ばす、最大の難関が立ちはだかった。
――素直にカレシのところに泊まりに行くと言う。
――女友達のところに行くと口裏合わせをしてまでウソをつく。
後者はバレるとすごい問題に発展するやつだ。
こういうとき、お母さんがいたらって感じなのかな? 同じ女の視点でアドバイスくれたりするのかな?
女性特有のアレになったときはまだおばあちゃんがいたから、お父さんに言ってどうこうなんてなかったし……むしろお父さんしかいなかったらどうなってたんだろうか。
……やっぱり同性親の方が話しやすいってこともあるよぅ。
部屋の真ん中にかぜかうずくまってそんなことを考えていた。ずいぶん脱線したものだ。
当日は臨機応変に対応せよ、という指示を土曜日の私へ。
父帰宅前に青木くんに電話してみた。
「あのさ、土曜のことなんだけど、お父さんがダメって言ったらごめんね。振り切ってまで行ける自信はないから、入り口一つしかないし、二階だし」
「言わなかったら来る気なの? 期待させないでよ!」
それ、喜んでるの? 怒ってるの?
いや、一階だったら脱走してでも行くつもりなの私。
そして、夕飯中に受信したメールを、食事を終えてから確認すると、穂積さんからだ。
――避妊も忘れないで。一番肝心なこと忘れてたわ。
一瞬、頭の中が真っ白になる。
それは、その、アレですよね。一般的に、こう、かぶせる……、やつ。
――買ってきて……( ;∀;)
『送信』
――アホか、男に頼め( `―´)ノ
ああ、穂積さんでも顔文字使うんだ……かわいい。
そこか。
――避妊具、オネァシヤス(*ノωノ)
なんて青木くんに送信、できるかぁぁあああいいい!!!
ぐすっ、ぐすんぐすん。
何でこんな、辱めに遭ってるの?
……考えるより食器片づけよう。ホント、何やってんだろう。
そして三日なんてあっという間に過ぎ、土曜日はお父さんが休みで自宅にいた。
用もないのに出かけるタイプではないので、ダイニングでどっしり、テレビを見ているだけ。
昼食も一緒に食べた。今日は手軽にそうめん。
食事中もどう切り出そうか様子を窺いつつ。気付けばそうめんが空になってたぐらい、そのことばかり考えていて、食べた感じがしない。
でも、言わないと出るに出れないし、ダメならダメでそう連絡もしないと……。
「あ、あのさ、お父さん!」
力みすぎて声が裏返る。これじゃ怪しいだけだよ!!
お父さんも何か変な顔で私を見ている。
「……夏休み、友達とどっか行く約束でもして金でも必要なのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
私はアホか! そのままそういう話の流れにしてしまえば良かったのに、こういうところでウソつけない正直者です。
というか、鋭いところ突かれてるような、ギリギリで突き刺されてる危機感というか。
「今日、泊まりに来ないかって言われてて……いいかな?」
「友達に?」
「ああ、うん、学校の……」
ここでお父さんが真剣な表情で私をまっすぐ見つめる。
窺われているのは私? 試されてる?
もし後でバレたら、つきあってること許してもらえなくなるかもしれない。二度と会えなくされるかもしれない。
そんなことになるぐらいなら、今日のためについたウソでこの先の幸せを失うぐらいなら、楽しみにしてたけど、泊まりに行くなって言われる方がずっとマシだ。
私は首を横に振った。父の目が怖くて見れなくて、少し視線を下げた。
「違う、お付き合いしてる男の子で……」
「いつかの忘れ物のやつか」
忘れ物……お父さんがお風呂に入ってる間に会った時の言い訳だ。
「うん……もしかして前から気付いてたの?」
「なんとなく。何度か高校生ぐらいの子とこの辺りですれ違った気もする」
そんなにもニアミスが……。
「中央高校蹴球部」
「なぜそれを!!」
「背中に書いてあったのを見た」
いや私、そんな反応をした時点で認めたも同然なんだけど。
「そういえば、甲子園が中央だったな」
「インターハイのサッカーもだよ」
ついウンチク。しまった、うまく誘導されてる? お父さんもうまく話をはぐらかしたかったのかな?
よくドラマでもあるよね、お父さんにとって、娘につきまとう男は敵みたいなのが。やっぱりそういうのかな?
話はそれてしまって、まだ泊まりに行っていいかの答えは聞いてない。
「ダメなら行かないよ」
「どんなヤツか知らない人のところに泊まりに行かせるわけないだろう」
「うう!!」
やはりダメか。
「どこの、なにくん?」
「……中央高校の青木くんです。中学の同級生。六月にお父さんが出張に行ってた時、熱出してフラフラだった私を助けてくれたんだよ」
青木くんのいい所、思い出、いっぱいあるけど、お父さんを説得する材料にはしたくなかった。私の大事な思い出だから、二人だけの共通の思い出は浸食されたくない。
「……そうか。今度、昼食か夕食に呼んだらどうだ?」
「え?」
「夕飯ぐらい自分で作れるから大丈夫だ。迷惑を掛けないようにな」
「……うん、ありがとう」
ちょっと寂しげな表情のお父さんは、遠回しに泊まりに行くことを許可してくれた。
そういえば、二人きりとは言ってなかった。絶対ダメって言いなおすだろうなぁ。
……楽しみにしてた? いや、違う、そういう意味では!
許可が出たなら自宅に長居は無用。
やっぱり気分が変わったとかだと困るからさっさと家を出よう。
「行ってきます!」
「ああ、気をつけてな」
父の顔を見ることなく、荷物を持ってダッシュで家を飛び出した。
駐輪場で青木くんに電話……部活はたぶん終わってるはず。住んでいる団地はなんとなく分かるけど、
「家の場所、分からないんだけど」
「ああそうだね。今どこ?」
「まだアパートの前だけど」
「じゃ、中学校の正門のとこで待ってて、迎えに行くから」
待ち合わせ場所決定。コンビニから青木くんが帰る方向の道をおよそ一キロ行ったところにある我が母校。半年前はまだそこに通っていたのに、もうずいぶん昔のように感じる。
正門前で待つこと数分、青木くんは自宅方向からやってきた。自転車のカゴにスポーツバッグ、恰好は部活のハーフパンツとスポーツウェア……それこそ背中に中央高校蹴球部と書かれているアレだ。
「もしかして帰る途中で、わざわざ戻ってきてくれたの?」
「んー、でもまだ家にはついてなかったから大丈夫」
中学校から青木くんち方面は道幅が1.5車線程度で歩道もろくにない車通りの少ない道。狭いので並走はせず、後ろをついて走る。
道なりに五分ほど走ると小学校があり、そのうち脇道に入ってどこか分からなくなる。ため池があったり、田んぼがあったり。ちょっと広い道に合流し更に走ること数分。山側の小高い場所に団地が見えてきた。
その団地の上の方の真ん中あたりに青木くんの家、斜め前に伊吹の家があった。
二階建ての一戸建て住宅。物心ついた頃からずっとアパート暮らしの私は、一戸建ての友達の家が羨ましいし、遊びに行くのが楽しみだった。
今日もそのわくわくが数年ぶりにこみ上げてくる。
ウチの鉄ドアとは全然違うおしゃれな玄関ドアが開かれる。
「どうぞ……一応掃除は頑張ったけど……何で目輝いてんの?」
「突撃! おうち拝見」
はっと我に返る。
しまった、青木くんが変な顔で私を見ている。
「ちが、いや、一戸建て珍しいというか、ひとんち好きっていうのか、そんな感じで」
「……ウチは住宅展示場じゃないよ」
「ああ、住宅展示場パラダイス!」
間取り図大好き。あれを見ながら家具配置考えるの大好き。
おかげでますます変な顔をされた。
「おじゃまします」
廊下からまっすぐにある部屋に青木くんが入ったのでそれについていく。ここはリビングかダイニングか。座卓とテレビもある。
「座ってて、お茶入れるから」
「いえいえおかまいなく……あ!」
「あ?」
「夕飯作るって言ったのに買い物忘れた!」
「後で行けばいいじゃん」
「そうだねー。ありがとう」
グラスに注がれたお茶を受け取る。
「何食べたい?」
「あー、んー……」
と窓を開けながら考えているのかと思ったら、急に俯いてこめかみを押さえていた。
「……違うもん想像した」
「夕飯だよぅ」
「分かってるって。……えー、からあげトンカツ、揚げ物って面倒だっけ?」
「揚げ物用の鍋ある?」
「……分かんない」
「だったらカレーにする?」
「ああ、それがいい」
家で作るカレーなんて何年振りだ? なんて嬉しそうに頬を緩めている。
「米買わないと!」
「何合食べるの?」
「え……3……いや、4? わかんない」
「どのぐらいのお皿、何杯?」
「このぐらいなら大森三杯とか余裕で……」
4か5合だよぅ。一人でウチの倍。
明日の朝食、昼食も決めて買い物メモを作成。三時頃に買い物へ行こうという予定で、青木邸見学会。
ダイニングから廊下に出て、洗面お風呂とトイレのドア。反対側に一部屋あるけどお父さんの部屋らしい。階段を上がるとドアが二つ。片方が青木くんの部屋。お泊りセットのバッグはここに置かせてもらう。
六畳ぐらいの部屋に小学校入学の時からどっしり構えているであろう学習机。収容量オーバーした本棚。足が折りたためる小さいテーブル。布団、今は畳んであるけど床に直敷きっぽいので部屋は広く見える。
……さて、ここに踏み込むのは少々早かったでしょうか。会話がなくなった。時間はまだ二時にもなっていないのに。一時間は時間つぶししないといけないのにもうこの沈黙。
何か、話題を!! そうだ。
「二階の、もうひとつの部屋は?」
なぜか声が上ずった。極度の緊張のせいだ。
「あー、今は何もないよ」
これ、聞いちゃいけなかったやつかも、と後悔した。たぶん、弟さんの部屋だったとしか思えない。
窓からぬるい風が通る。
「西日がすごく暑いんだ、この部屋」
「うん」
「隣の部屋は朝っぱらから暑い」
「東側だもんね」
「暑かったらエアコンつけるよ」
「大丈夫、ウチでもそんなにエアコン使ってないから、このぐらいは平気」
「……とりあえず、座ろうか」
「そうだね」
なぜか突っ立ったままだし、ぎこちない会話が続く。
壁を背に並んで座ってもなぜか妙に離れている。とにかく何か、話すこと……そうだ。切り出そうと思ったら先に青木くんが話しかけてきた。
「何て言って出て来たの?」
「友達のところって言うつもりが、お父さんに見透かされてしまって、正直に話してきました」
「……マジか。よく許可されたな」
「うん、内容は詳しく話さなかったので。あと、今度うちに昼食か夕飯食べに来いだって」
「え?」
「あと、何回かニアミスしてるってお父さん言ってたし、中央のサッカー部って知ってた」
「ウソっ! 一回しかすれ違ってないと思ってたのに……。これは菓子折り持ってご挨拶行くべき?」
「そこまでしなくていいと思うよ。だからまた日にち決めようね」
「あまり気が進まないなぁ……休み中がいい?」
話がうまく弾んだ気がしたので、距離を詰めてみる。ギリギリ触れ合わないぐらい。目を合わせるにはちょっと近すぎるかな、顔を向けてみる。
青木くんは視線に気付いて私を見るけど、すぐ逸らして天を仰ぎ、床に目を落とす。緊張しているのか落ち着きない。
「やっぱり、緊張しちゃうね」
「ああ、うん」
外ならこんなことにはならないのに、何で室内の二人きりってこんな雰囲気になっちゃうんだろう。お互いを意識するから? 今日が特別だから?
でもただ黙ってるだけだとせっかくの時間がもったいない。だから体をそっと青木くんに預けた。すると手を重ねてくれて、頭を私の方に寄せてくる。
そのうち、キスに夢中になって、押し倒されていた。
暑さのせいか、酸欠のせいか、それとも青木くんに酔っているのか……頭がクラクラする。
「買い物行ったらアイス買おう……」
「う……ん、冷やさないと煮えちゃうね……」
頭の中が、オーバーヒート寸前。
少々乱れてしまった着衣を整え、三時を過ぎて一緒にスーパーへお買い物。ところが、ここから一番近いスーパーが、先日も私が買い物したいつも行くスーパーだとか。
「昔あったけどさ、何年か前に潰れた」
なんということでしょう、青木くんの住む地区にはスーパーすらないじゃありませんか!
「不便だね」
「慣れた」
まぁ、人は環境に順応していきますよね。
外の陽はまだ高く、肌をじわじわ焼いて暑い。十五分近く掛かってスーパーに到着、その暑さから逃れる。店内は心地よい涼しさ。
メモしてきた通りに材料などをカゴに入れていく。あとアイス。
お米はとりあえず5キロ。
「お米、今度はちゃんと炊いて食べてね。次行ってまだあったら怒るよ」
「んー。結構めんどい」
「私覚えてるよ、ご飯炊くぐらいならできるって言ってたの」
「……ああ、忘れてた。一応できるにはできるんだけど」
「じゃ、今日は頼んじゃおうかなー」
と言うと、何かイヤな顔してるし。
忙しいのは分かるけど、少しは料理した方がいいと思うんだけどなぁ……。料理男子、私はカッコイイと思う。
「じゃ、今日は私だけが作るんじゃなくて、一緒に作ろうね」
「ええ?」
「イヤそうな顔しない。初めての共同作業だよ!」
「……何か違う意味で聞こえる」
「ケーキ入刀じゃないよぅ!!」
「ジャガイモ入刀?」
「効率悪いだけだよぅ」
何を考えているのだ、ホントに。私が変なこと言っちゃったかなぁ……。発言や行動には気を付けてるつもりなのに、どこかで墓穴掘ってる。もう棒アイスは男の人の前では食べないよ!
レジを通過するときにエコバッグを忘れたことに気付き、レジ袋を購入するハメに……まぁ、父から逃げるように出て来ただけに、仕方がないと思う。
この気温でアイスが溶けそうなので帰宅は素早く。
家に入ると日差しがない分涼しいかと思えば、ムシっとした空気。冷凍庫に少々柔らかくなってしまったアイスをまず入れて、気温の関係で痛むといけない牛肉も一旦冷蔵庫へ。夕飯の支度を始める。
「もう作るの?」
早いんじゃないかとでも言いたげな青木くん。
「カレーは煮込む時間が掛かるからね。それにお米も水をしっかり吸わせた方がおいしく炊けるんだよ」
「さすが主婦……」
「この歳にしては長いよ!」
腰に手を当て胸を張る! 家庭環境が故、なのにえらそう?
「もっとしっかり研いでよ」
「ええ? いいじゃん」
「おいしく炊くには研ぎ方も大事!」
「さっき水をたっぷりって……」
「それもこれも大事!」
「ニンジン小さくしといて」
「え?」
「食べれるけど味好きじゃない」
「ワガママだなぁ」
鍋を見張ってコンロの前に立ってたら、汗だくになっていた。横からその汗を拭ってくれるタオルは……青木くんち名物のごわごわタオルだ。ゴボウが剥ける。
「料理も大変だな」
「うん、でも手間をかけた方がおいしいし、私は好きだよ」
「だろうね。好きじゃないとここまでできない」
「食べないと生きていけないからって、最初は必死だったよ。失敗だって数えきれないほどしたし、そこから学んだことだってあった。おいしいって言ってもらえたら、また頑張ろうって思える」
「そうだね。カレー、思ってたより簡単なんだな」
「でしょ? 今度お父さんにも作ってあげたら? 月に一度でもさ……」
「ああ、いいかもねそれ」
そして、早めに夕飯を取って、食器を片づけている間に青木くんがお風呂の準備をしてくれた。
「先に入っていいよ」
ということで、青木くんの部屋に着替えなどを取りに行き、緊張しつつ入る。
ごく普通のユニットバス、アパートのウチより当然広い、いつもは体育座りで入ってる湯船で足が伸ばせる! と少々感動。
今日もけっこう汗をかいてしまったので念入りに体を洗い、頭も洗う。
せっかく足が伸ばせる広い湯船に浸かっているのに、やっぱりいつも通りの体育座りしている。頭の中ではごちゃごちゃと想像のつかないことの妄想。
どんな顔をしてお風呂から上がったらいいんだろう?
そこまで考え込んでたら、すごく長い時間お風呂にいるのではないかと気付く。時計はないから時間の感覚がよく分からない。
ここで溺れてるんじゃないかと様子を見にでもきたら……きゃぁぁ!!
素早く上がる、身体拭く、服を着る、髪を乾かす。
ハーフパンツにTシャツはいくらなんでもひどいかと思い、夏に愛用している寝間着にしました。白地に青いドットの入ったフワフワでフリフリな感じで、下はズボンで膝下丈。
ダイニングに戻ると、青木くんはテレビを見ている。
甲子園のことがちょうどニュースで流れていた。
「そういえば、今日からだったね」
「んー」
「やっぱ、甲子園に憧れてた時期ってあったの?」
「いや、どっちかって言うと、伊吹から甲子園連れてってくれるんでしょ? みたいなこと言われてただけで、あまりピンとこなかったな」
「ふーん。その伊吹さんも今は甲子園ですか……」
「泣いてるかもな、感動のあまり」
泣くようなタイプには見えないけど。
「さっき携帯鳴ってた、たぶんメール?」
ダイニングの座卓に置いたままの携帯を見ると、メールを受信していた。しかも、今話題にしていた伊吹だ。
――甲子園カンドー!!マジ号泣!
と球場をバックにした伊吹が写ってる写真も添えられていた。その顔から察すると、本当に泣いてたらしく手にタオルが握られていて目が真っ赤だ。その写真を青木くんにも見せた。
「号泣したみたい、伊吹」
「ほら泣いただろ」
次は青木くんがお風呂へ行き、私は一人テレビの守り……なんだけど、刻一刻と迫っていると思うと一人なのに緊張してきた。
とととと、とりあえず伊吹に返信しておかねば、後で返事がないってメールが大量に送られてくる。
それは時間も場所も選んでくれないので、気分が削がれたりとか、冷めたりしたらあれだしあの、その、いや、だから……。
――おめでとー伊吹。試合頑張ってね? 『送信』
試合に出るのは伊吹ではなく部員さんだと分かっているけど、書くことがとっさに浮かばなかったので変なことになってしまってるが、送信後は速やかに電源をオフにすることにした。
12★そう
「あのさ、明日も部活休みだから……」
「じゃ、ウチに来てよ」
「え?」
どうやって父さんの社員旅行の件を切り出そうかって悩んでたのに、あっさり「ウチに来て」なんて言う羽山に唖然としてしまう。
「大丈夫だよぅ、月曜だからお父さん仕事でいないから」
「あ、ああ……」
まぁ、学生は夏休みでも明日は平日だし、社会人は仕事で当然。
「ご飯、ごちそうしてあげる。何が食べたい?」
何が食べたい?!!
そりゃ、まぁ……アレだ。
そろそろ、なぁ、いいかな? 忘れられない夏の体験が過りまくるわけだ。
そのせいで羽山との会話がおろそかになってしまった気がしてならない。もしくは感づかれたりしたかも、と。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「ああ、うん。俺も楽しかった」
「明日は楽しみにしてて」
「うん、起きたらメールする」
その心配はなさそうかな。
この辺りが男と女の違いなのか? 意識すると反応するヤツがいるんだよ。上手に付き合っていかないとなぁ、一生ついているモノだけに。
とりあえずはだ……キスプリをどこかに隠しておきたい。財布は毎日使うものだし、危険がいっぱいだからな。
誰も触らない、絶対忘れない、捨てないところ……ってどこだ?
明日は羽山んちで昼ごはん……ホントはご飯よりも、羽山が欲しい。
と、悶々として落ち着かなかったし、今日は楽しかったし……いろいろ考えてたらなかなか寝付けなくて、朝飛び起きて真っ青だ。
「ごめん、寝過ごした! 準備したら行くから!」
慌てて羽山に電話する。
起きたらメールするのはずがそれどころではなくなってた。
「試合終わったばかりだし、もしかして明日も部活休みとか?」
そんなに一緒にいたいのかな? 俺もそうだけど……そろそろそれだけじゃ物足りないっていうか、先を望んでるっていうか……。
「だったら明日もご飯食べに来る?」
ご飯より、羽山をおいしくいただきたい、というのが本音。いやもしかしてこれ、誘われてる?
「……据え膳?」
「……ん?」
あ、違うわこれ。やっぱり羽山はこういうのにはウトい。ものすごくウトそう。
故に、
「……押し倒したいね」
めちゃくちゃにしてしまいたくなる。
無防備で、何も知らなさそうで……男はみんなケダモノなのに、羽山は純粋で……。
「据え膳食わぬは男の恥って知ってる?」
「据え膳、食わぬ……? お口に合いませんか?」
「据え膳食わぬは男の恥! 辞書!」
「ひぃ!」
「襲うよホント……」
かわいすぎる……。
辞書には載ってなかったから、携帯で検索してようやくその意味を知った彼女は顔をみるみる赤く染めた。
気付いているときこそ、あの話をするチャンス。ようやく到来。
「……そういう話の流れだからアレなんだけど、土曜、オヤジが社員旅行でいないから……ウチに泊まりに来ないか?」
それに含まれている内容に気付いたのかまだ気付いていないのかは分からない。だからしつこいぐらいに念押しもしておく。
「……ほんっとによぉぉぉく考えてから来て。ほいほい気軽に来ないで。むしろ、そこそこそれなりの覚悟とかしてから、来る気があるなら来て。まぁどうなるか分からないけど、万が一ってこともあるからどうとも言えないし。いや、来てほしくないなら誘わないよ。そりゃ来てほしいけど、なんというか、健全に過ごせる自信はないし、だから、そういうことで……」
もし来たら……と、俺も覚悟をしなければならない。何が起こるか予測できないし、泣かせることになるかもしれない。嫌われないとも言い切れない。何の経験もないくせに求めるんだから、失敗するかもしれない。うまく誘えないかもしれないし……。まだ早いと言うのならそれでもいい。
「すぐに行きたいって返事したいところだけど……ちゃんと考えとくね」
頬を染め、柔らかく微笑む。
あの表情から察すると、理解してくれている。
けど、どういうことが起こるのか想像してしまったのだろう。
「きゃぁぁぁ」
真っ赤な顔を両手でおさえ、かわいい悲鳴を上げていた。
昼食後は海へ出掛けた。泳ぎに行くというよりは散歩気分ではあったのだが、雲一つない晴天……あまりの暑さにテトラポットの影へ避難した。
結局、外にいてもウチに引きこもっても結果は同じだったのかもしれない。
キスが次第にエスカレートしたのは暑さのせいにして……。
首筋に唇を這わすと、身体を震わせてせつなげな声を上げるから、それを聞きたくて夢中になる。
「やぁ……ん……」
感度良好か? 期待しちゃうよこれは。
少し下がって鎖骨に口づけ、そこから更に下がって……。
羽山の心臓の音が、俺と同じですごく早い。
胸の大きさに関しては、大きすぎず小さすぎず、と言ったところか。まだ触ってませんよ、かなりの至近距離で洋服越しに見た感じの感想で……。
……いかん、寄りすぎか。つい調子に乗って場所も構わずやりすぎてしまった。しかし、野外でなかったらこうやって我に返ることはなかったかもしれない
「すまん、やりすぎた……」
と離れるが、羽山に反応がない。目は開いてるし呼吸はしてるけど顔は真っ赤。惚けてる?
俺は暑いのとか少々慣れてるけど、熱中症でぼんやりしてきてたりしない?
「ちょっと、大丈夫? 熱中症?」
「……違う、だいじょうぶ……だけど」
「だけど?」
「刺激が強すぎだよぅ……」
あ、ああ……。つい夢中になった俺のせいか。
「すみません」
あの話を切り出したせいか、どうも抑えが効かなくなってるような……。
とは言ってもやっぱり暑い野外に長時間いるのは俺の理性より熱中症の方が心配だ。
「やっぱ暑い? 帰る?」
「コンビニにアイスでも買いに行こう、そうしよう!」
と、羽山はささっと立って自転車の方へ行ってしまう。
……顔、まだ真っ赤だよ、ホント大丈夫かって俺のせいか。
それを黙って追って、少し後ろを歩いた。
そして飽きもせずいつものコンビニ三叉路店。市内でも端っこの田舎地域、数年前に小さなスーパーも潰れてしまい、ちょっと何か欲しい場合もここに来るしかない。そんな理由もあって、コンビニのわりに品ぞろえはなかなか良いと思う。
暑い野外にしばらくいたので、店内の涼しさは天国。アイスを買いに来たくせに、他のコーナーを無駄に回って涼んでみる。
雑誌……は特に興味ない。ちらっと後ろを振り返れば、シャンプー、リンス、カットバン……む!!
視線を逸らして見なかったことにする。
さすがにここで買いませんよ。毎日利用してて店員とは顔見知り、恥ずかしくて二度と来れなくなる。
気を取り直して、犬猫えさ、携帯充電器、カップラーメン、お菓子、パン、弁当惣菜、ジュース……そろそろいいかな、毎日来てるから見慣れすぎてる。アイスコーナーへ戻っていま食べたいアイスを決めよう。
……羽山、まさかまた棒アイス買ったりしないだろうな? と少々心配にはなる。自分の理性がね、ちょっともう危険域。
でも今日はカップのバニラアイスを手に取っているので一安心。では俺はボトル型氷菓にしておこう。
店の外の影で、並んで座って食べるアイス。
店内が涼しかったせいで、外は風がぬるい。
そこに、近所に住む野球少女が自転車で滑り込んでくる。俺の姿に気付いたら寄りたくても素通りするかと思ったのに、よほど寄りたい用事があったのだろう。横目でこちらを見て、店内に入る。羽山と仲いいような話だけど、声も掛けてこなかった。
「伊吹だ」
「ほら、ガン無視」
「疲れてるんじゃないの? 野球部練習時間今長いって言ってたじゃない」
それもあるのかな? マネも大変だな、練習に付き合わされて。
間もなく、チアパックのアイスを持って出てくる伊吹は俺の前を通り過ぎ、なぜか羽山の横に腰を下ろした。
「めちゃくちゃ日に焼けて肩痛い」
「袖捲り上げて肩まで露出してるからだよぅ。ジャージ着てたら?」
「暑いでしょ? 何でつばさはカーディガンとか着てるのよ」
「暑いけどさぁ……肌が焼けるとオーブンに入れたみたいにじっくりいっちゃうから体が熱くなるでしょ? 暑そうだけど一枚羽織ってると違うよ? 直接当たらないから」
「ああ、アルミホイルで包んだら焦げないやつ?」
「そうそう……って、例えでいいのかなぁ?」
何だ? この二人、普通に会話してやがる!!
全くタイプが違う、接点が全く分からないのに、会話が成立してるのかしてないのか謎の単語がぽんぽん飛んでる。
けど、俺は無視なのね。分かる。
「この前、カレシと部室でイチャついてたらさ、サッカー部のヤツに盗み聞きされててさ……」
「あれは、お前が!!」
つい口を出してしまうが、
「何かムカついたから追っかけてやったら、ここのコンビニに悲鳴上げながら駆け込んでいったわ」
「……無視かよ」
「創くんだったの?」
「いや、たまたまボールを戻しに……つーか、カレシって、物好きがいるもんだな」
「土曜からいよいよ甲子園なのよー。いいでしょ?」
やっぱ無視か!
「んー、そ、そうだね」
「試合、テレビでやるから見てよー。二日目の二試合目よ」
「うん、忘れなかったら……」
「感想はぜひ、メールで1000文字ほどお願いしたいわね」
「ルール分かんないのに無理だよぅ」
羽山困ってるし。まぁ、ここで俺が何と言おうとどうせ無視されるんだから、黙ってボトルアイスを手で揉んで崩しながら食べる。
「伊吹のカレシさんって、この前言ってた野球部の先輩?」
「ええ、キャプテンよ」
野球部キャプテン……? ピッチャーの先輩だっけ? キャッチャーの方だっけ? 別ポジションだったか? サッカーと違ってキャプテンマークは付けてないから分からない。
けど、恋愛話になった途端、伊吹から普段の荒々しさがなくなる。何というか、乙女? 羽山と会話しているのに花が舞っているように見える。錯覚にしてもこれは似合わなさすぎて気持ち悪い。
「疲れたから帰るわ」
「うん、おつかれー」
アイスを食べ終わってからも結構しゃべってから帰っていく伊吹。とても疲れているようには見えなかったのだが、終始見事に無視してくれた。
「……見事な無視だったね」
「だから嫌われてるって言ってるじゃん」
「うん、まぁ、知ってるけど……。やっぱり中一の時のあれが原因?」
「え? 知ってた?」
「見てた」
「そっか……同じクラスだったし、教室だったもんな、あれ」
元から乱暴者ではあったが、あんなに怒った伊吹を見たのは、後にも先にもあの時だけ。
「スポ少の延長で中学でも野球部入るって話してたから……」
「何でサッカー部に入ったの?」
「……坊主頭にしたくないのと、サッカーがかっこよく見えたから。帽子のせいで顔が変な焼け方するし、あれけっこう恥ずかしいんだよな。」
動機にしては不十分すぎる。伊吹に聞かれたら絶対殴られる。
「確かに変な焼け方するね。それに野球部イコール坊主だ。創くんの坊主はちょっと想像つかないなぁ」
「……でも、もし野球続けてたとしても、同じ高校目指すことになってたか」
「野球やってた頃はどこのポジションだったの?」
「レフト……外野な。けっこう肩が強かったっつーか、ボールを遠くまで投げれるからって理由だけど」
「突然サッカーに行って、野球に未練とかあるの?」
「別にないかな。キリのいいとこで転身したと思ってるからかな」
「ふぅん……」
空になって弄んでいたアイスのゴミをようやくゴミ箱へ。
羽山の俺についてきてゴミを捨てる。
「さて、今日はもう解散でよろしいかな?」
「え? もう?」
時間はまだ午後三時を過ぎたところ。帰宅には確かにまだ早い。しかし俺には、用事がある。
「家、掃除したいんだ。いつもほこりが気になってきたらほうきでささーっと掃くだけだから、ちゃんと掃除しときたいし。それに、ちょっと台所がカオスでな……」
「ああ、そういうの得意だから手つだ」
「まだ来るの早い」
「ええー?」
「だからもぅ、ほいほい来ないでて言ったでしょ? ああそうか、布団干してシーツも洗っとこう。そういえば換えのシーツどっかあるのかなぁ」
「ほえぇ?!」
ようやく感づいてわたわたと大袈裟な手振りで慌てる羽山。いやぁ、かわいいですなぁ。ホント、持って帰りたい。
「ということなので、数日は掃除と部活のため、遊びませんのであしからず」
「はーい、了解しました」
なので本日はこれにて解散します。
「ねぇ、土曜は夕飯、そっちで作っていい?」
ぶはっ! 分かってて言ってんのそれ。もうそのつもりなの?
「お任せします!」
としか言いようがないんですけどね。
でもそういうことなら本気で掃除をせねばならない。
「台所の掃除は緑の液体洗剤だよー」
アドバイスありがとう。
しかし帰宅したところで、いつもの自宅。あー何かほこりっぽいよなー、色んなところが。と一応は思う。でも家に入るとやっぱりいいかーって気にならなくなる。
よくごらんなさい、廊下や部屋の隅が白く見えるほどのほこりを。普段ならこれはほうきで掃いて終了なところだが、今日はきれいに取ってやろう。シートが交換できるタイプのワイパーですーいすい。しかもほこりがよく取れるというフワフワタイプのシートだ。一応、ずいぶん前に掃除しようと思って買ったが使うのは今日が初めて。
ただ廊下とダイニングのフローリングを滑らせただけなのに真っ黒……汚い。通りで足の裏が黒くなってた訳だ。
お次はウエットタイプ。これも以前掃除をしようと買っていたが以下略である。ワイパーに付け替えて、またフローリングをすーいすい。
……何度拭いても真っ黒なんですけど。ということは、俺の部屋もこれと同等?
しかし、ある程度妥協しつつやらないと、他の箇所まで手が回らなくなってしまう。よし、一階の床がざっと終わったら台所の掃除に取り掛かってしまおう。まだ明日もある。自分の部屋は明日の朝、布団を干してシーツを洗うことからスタートということで。
ところが台所もしつこかった。特にガスコンロが。もう、買い替えてほしいぐらいに。家にある掃除道具、フル活用だった。ワイヤーのついた歯ブラシ、スチールウール、どっちも指に刺さると痛い。とにかく焦げとべたつき落とし。
別にそう使ってないはずなのに、こんなに汚い台所に羽山を立たせるわけにはいかない! そうだ、最後にいつ使って洗ってしまったのかわからない調理器具も一度洗っておくべきか。
あとは冷蔵庫内を……。
「どうだ、ざまぁみろ!」
と仰け反りたくなるほどに、キレイになったと自分では思う。
仰け反ったせいで見つけてしまった。
換気扇、忘れてた。まぁ、明日で……。
「ただいまー」
まだ外が明るいから六時ぐらいかと思っていたら、もう七時前。父さんの帰宅だ。
あ、夕飯忘れてた!
「何かすごくキレイになってるけど、掃除したのか?」
「ああ、うん。部活休みだったし、天気良かったからちょっとだけ」
実質、四時間もしていない。
そして、父さんが俺の夕飯まで買ってきているはずもなく、これから買いに出ようと自転車で走り出したところ、桜井家の前で中年男性に呼び止められた。
「創、どこ行くんだ?」
伊吹の父さんだ。単身赴任で普段は自宅にはいないのに、平日の今いるということは、赴任先から帰ってきたのか、会社を辞めたのか……後者はいくらなんでもないと思うけど。スーツ姿だから今ちょうど帰ってきたところだろうか。
「夕飯買いに」
「どうせコンビニ弁当ばっか食ってんだろ? ウチ来い」
え、イヤだ。
とすぐに思ったけど、伊吹の父さんは伊吹に似てるから扱いには注意しないと、機嫌が悪くなる。
「じゃ、お言葉に甘えて」
と笑顔で答える。
今日、しかも四時間ちょっと前に伊吹にガン無視されたばかりなんだけどな。
「お父さんおかえり……あら、創くんいらっしゃい」
「こんばんは」
「腹空かしてるから何か食わせてやってくれ。足りないならピザでも取るか?」
「ここは配達区域外よ」
と、階段から降りながら答える伊吹。俺に気付いても、ひどい拒絶は見せなかった。
「伊吹、お父さんにおかえりは?」
「おかえり、パパ」
声音全然変わってなくて、棒読みで怖い。
「おとーさん、おかえりー」
と、喜んで飛びついていったのは伊吹の弟、大志。中学一年の男子なのにこの喜びよう。子犬と言ってもいいぐらい。
「重い……太ったんじゃないか?」
「ウエイトよ。四キロ付けさせてるから」
「また大志にそんなものを」
「今から鍛えとかないと、甲子園行けないでしょ!」
小学生時代の倍になったか。伊吹の英才教育だそうだが。
「そういえば、甲子園行くんだろ? いつからだ?」
「金曜にはこっちを出るわ」
ほぅ、鬼はいないのか。見つかってどうこうという心配はなさそうだな。
「もぅ、玄関で立ち話はいいから、早く入って。すぐご飯の支度するから」
桜井家久しぶりであろう一家団欒にプラスワン。小学生時代にもたまにあった光景なんだけど……あの頃と違って一人、足りない。
「蓮やお母さんとは連絡取ってるのか?」
デリカシーというものを消滅させたような性格の伊吹でさえも聞いてこなかったことなのに、伊吹の父さんは遠慮なく手榴弾を投げ込んでくる。
誰もが、何でそんなこと聞くの? とでも言いたげな曇った表情を浮かべた。みんな、気を遣って黙ってくれていたのに。でも、そういうことをズバズバ言うのが桜井父である。伊吹の方がまだオブラートの使い方を知ってるようにこの時は思えた。
「……いえ、一度も。どこにいるのか、何をしてるのかも知りません」
離婚の原因も、置いて行かれた理由も、何も……。
気になるけど、聞けないこと。未だにふと考え込んでしまうこともある。
「お父さんバカじゃないの。ご飯マズくなっちゃうじゃない!」
と伊吹が他人の皿からおかずを奪う。
「……あ、ああ!!」
弟の皿にエビフライのしっぽだけを戻す。
「お姉ちゃんひどいぃぃ!!」
それは昔から変わらない光景だった。
――伊吹から聞いたの。
――伊吹がね、
――伊吹だから、
――伊吹は、本当は青木くんのこと好きなんじゃないかな?
まさか。
でもそれは恋愛感情としてではなく、人としてであって。
うまく説明できないけど、分かった気がする。
そしてあの性格故に、素直になることはないだろう。
離れすぎず、近付きすぎず、この関係を維持していたらいい。
「あ、そういえば、補習と追試は終わったのインターハイ一回戦負けの色ボケサッカー部員」
「んぐっ……!!」
このヤロウ! 前言撤回だ!
「ご馳走様でした」
「いえいえ、いつでも食べに来ていいのよ?」
「それはさすがに……」
有り難いけどいろいろ無理。
自転車は押して帰宅。父はもう夕食を済ませ、風呂の湯が溜まるの待ちって感じで、ダイニングでテレビを見ながらのんびりビールを飲んでいた。
「おかえり、あれ? 何も買ってこなかったのか?」
「いや、行く前に伊吹の父さんに捕まった」
「……ああ、なるほど」
とだけ言って会話が途切れる。
こういう時、伊吹の父さんみたいなタイプだったらもっと会話が弾むだろうにと思うわけだ。
こんな父がテレビを見ているだけのダイニングにいたって面白くもなんともないので、自分の部屋に上がって片づけでもしておこう。
一応置いてあるけど別に使ってないから壁側でぐしゃぐしゃになっている掛け布団の中から制服が発掘された。そういえば洗った覚えがなかったような、それさえも曖昧どころか存在を忘れていた。……ああそうだ、脱いだのを布団の上に投げて、寝る時に邪魔になったんだ。後で持って行こうが忘れ去られたやつだな。
通学カバンで邪魔になったプリントが使ってない学習机にとりあえず置いてある。とりあえずすぎていつからここに積み上げはじめたのかも不明で、それの上にいつも置き勉している教科書や資料などを夏休み前に持って帰らされたので更に積み重なってる状態。本は本棚へ入れるが、そのうち棚に入りきらなくなってきて結局積み上げる。教科書用のスペースが狭すぎた。
次に出て来た紙類、提出しなければいけなかったのに失くしてしまったプリントが今になって見つかるという事態が発生する。
これも一度見てからいらないものを捨てないと、きっと夏休みの何かのプリントも混じってたりするはずだ。
とりあえず、授業で使ったものは保管、学校からのプリントや提出期限が過ぎたものは捨てる。
修学旅行の行き先アンケートなんてあったのか……もう覚えすらない。
これをまた部屋の片隅に置いて後回しにすると捨て忘れるので、ちゃんと一階のゴミ袋へ入れる。制服も洗面所まで持って行っておく。父さんが風呂に入ってるようだ。
ざっと片づけを終えて風呂に入り、ついでに風呂掃除をして就寝。
明日の部活は八時半から二時間だ。
11☆つばさ
――タタタ、トントン。
軽い足取りでアパートの階段を上がる。
ちょっと重い鉄の玄関ドアをそっと開けて、右よし左よし、前方よ……。
「つばさ、何してるんだ?」
「はひぃ!!」
お風呂は長めのお父さんですが、もう上がってた。時間的にそろそろ危ないかな、とは思ってたけど、アウトでした。
「いや、学校の友達が忘れ物を届けに……」
「その忘れ物はどこいった?」
はっ、手ぶらだった、私!
「……じゃなかったぁ、友達が忘れ物を取りに……」
「……そうか、まぁいい」
と、追求してくることなく、風呂上がりの父は自分の部屋へ入っていった。
セーフですか? アウトですか?
ギリギリセーフということで。
このことは青木くんには黙っておいた。じゃないと遅くなった時は逢いに来てくれなくなっちゃうと思って。
□□□
一昨日からサッカーの試合のために東北の方へ行っていた青木くん。試合が終わり、昨日の夜にはもうこっちに帰ってきていた。
短いメールは来るけど、こっちの返事には反応がない……思ってる以上に疲れてるのかな? と思って、寂しいけどしつこくメールはしない。
そして今日は日曜日。とても天気がいいので、朝から張り切って洗濯、掃除。
洗濯物を干している途中、携帯がメールの受信を知らせた。
開いて確認……青木くんだ。もしかして、昨日のメールに気付いて慌てて返信したんじゃないかな? ゆっくり寝てればいいのに。
――昨日、返信できなくてごめん。今日、部活ないから二人でどこかに行かない?
……二人でどこか。これはデートでしょうか。
そういえば、初めてだな、こういうお誘いは。
何だか頬が緩んでくる。
お互いにそういう時間がなかったから、ようやく念願の初デートですか!
返事は、えっと……残りの洗濯物を干しながら考えよう。
どこ行くんだろ? どこがいいかなぁ。
何を着て行こうかな? この前友達が選んでくれた服がいいかなぁ。
なんて考えてたら少し手が止まって、洗濯物を干すのに時間が掛かってしまった。
返信を打つ。
――おはよう。昨日はお疲れさま。二人でどこかに行くの、初めてだね。すごく楽しみでどこに行くのか、どの服にしようか悩んでるー。
『送信』
さぁ、服は……靴はサンダルにして、夏らしいワンピース? でもノースリーブだと露出しすぎな気がするから七分袖で羽織るものを……。
と、部屋のタンスを開けたり閉めたりしていたら、父が部屋をのぞいてくる。ドアは風が通るよう開けっ放しだった。
「どこか行くのか?」
「うん、ちょっと……」
ああいかん、ニヤニヤが止まらないからお父さんの方向けない。きっと見抜かれる。
「……デートか?」
タンスの引き出しで指つめた。
「いたたたた!!! お父さん、急に変なこと言わないでよ! うわーん、痛いよぅ」
これでうまくごまかせたのか、逆にもっと怪しく思えたのかは分からないが、話をはぐらかすにはちょうどいい事故だ、けど痛い。大袈裟に言っただけで本当はちょっと挟んだだけ。
待ち合わせは十時半、いつものあのコンビニで……。
十分前には到着するよう家を出たのに、青木くんはもうコンビニ前に座り込んでスポーツドリンクを飲んでいた。
中学の時から制服か学校や部活のジャージなので彼の私服姿は初めて。
半パンかなと予想していたのにハズレ。ジーンズにTシャツ、半そでのジップパーカーを羽織っている。Tシャツ以外は色が濃いので暑そうに見えた。
私に気付いて立ち上がり、笑顔で手を振ってくる。
「早いね」
「そっちこそ」
「服、かわいい」
「ありがとう。でも創くん暑そう」
「うん、暑い。失敗だね」
なぜか互いに言葉少な目。初デートを意識しすぎて緊張しているのかな。
「で、どこ行く?」
「うーん、それだよね」
「暑いから野外は除外したいじゃん」
「うん、そうだね」
「で、ぱっと思いつくのがドリームタウンかモール。でもモールは自転車だと遠い、バスだと乗り換え」
「不便だよね」
「消去法の結果ドリームタウンという面白くないことになるんだけど、ここもまた、学校のヤツに会うリスクがないと言いきれない」
「ああ、会うと少々厄介だよね。でもいいんじゃないの、ドリームタウン。だいたい何でも揃ってるし」
ということで、駅方面の中心街……学校よりちょっと手前左ぐらいに位置する大型ショッピングセンターへ行くことになった。場所説明下手すぎ?
とにかく移動中が暑くて暑くて、ドリームタウンに到着した頃には汗で服が肌に貼りついて気持ち悪くて地獄、でも店内は涼しくて天国。
目的は特にないので、一階からぐるぐると見て回る。昼食には早いけど、昼になると混むので早めにとることにした。友達と気軽に入るのにも定番なファストフード店。
青木くんは大きなバーガーのセットからさらに単品バーガーを二つも追加するという大食漢。ついでにたこ焼きも食べれるとか言うぐらいだから胃はブラックホールへと続いているのであろう。
私は小さく安いバーガーセットだ。
「オモチャつけようか?」
「いらないよぅ!」
ぐらいのセットと察してください。
「そういえば、期末テスト後ぐらいに伊吹に捕まって連れ込まれたなぁ」
「ココ?」
「んー、県道沿いのとこ。その前の道でたまたま会って、何で捕まったんだっけ? あ、メアドか」
「あなた方本当にどこにどういう接点とか共通点があるの?」
確かに、ものすごい謎といえば謎である。
きっかけは……青木くんちの離婚が始まり。伊吹から私に声を掛けてきて……いつも自分のことじゃなくて、青木くんの話ばかりしてきていた。
今でも何かと創が創がって話しかしてない気がする。
伊吹のこと、そういえばよく分からないなぁ。野球好きの野球バカで今はマネージャーっやってて、青木くんちの近くに住んでて、あ、ここでも青木くん出てきた。手が早く鉄砲玉というかミサイルのような人……。やっぱり意味不明じゃん。
あれ? もしかして、伊吹、本当は青木くんのことを好きだったとかじゃ……?
「創くんが好きな者同士かもしれない……」
青木くんの表情が歪んだ。伊吹への拒絶反応か。
「それはないだろう」
「でもマンガとかでもよくあるよ、幼馴染みが恋愛に発展するの」
顔を歪めたまま、視線が合わなくなる。きっと脳内でその展開を予想しているところだろう。そして視線が戻ってくる。
「絶対ない、無理。受け付けない」
「そう? 伊吹は伊吹で楽しそうじゃない? 退屈はしなさそう」
「命がいくつ必要なんだよ。だいたいタイプが違うだろ、つばさと伊吹の……まぁ察してください」
これ以上自分の口からは言いませんよといった感じでジュースを飲み始める。
全然違う、と。そうか、青木くんは私みたいなのがタイプなのか、うふふ。
顔の緩みが治らないよぅ、誰かネジを止めておくれ。
昼食を終えて次は二階フロアへ。ここはほぼ衣類コーナーって感じなのでぐるっと回るだけで三階へ上がった。
三階はゲーセン、書店、おもちゃ屋さん、雑貨、などなど、いろいろな店があるので見て回るのには困らない。
「プリ撮ろう!」
「俺ああいうのはちょっと……」
「初デート記念だよぅ!」
「えー、それ言う? 断れないじゃん」
「つばさん?」
「ほいっ!」
呼ばれて反射的にお返事。でも何で青木くんといる時に学校での呼び名のつばさん? すごい勢いで声を掛けてきた主を探す。
「後ろ後ろ」
「おお!!」
学校のクラスメイト、同じ看護師を目指す長身短髪少女、志乃ちゃんだ。
私服は短パンTシャツとシンプルではあるけど、彼女らしさを強調している。
けど、じろじろと隣にいる青木くんを見ているというよりチェックしている感じ。
「もしやこの方がつばさんのカレシさまであられるかな?」
「うん、プリ撮ろうって言ったら嫌がるから押し込むの手伝ってー!」
「よしゃ、了解! さ、にーさんつばさんと一緒にプリ撮ってやってーなー」
志乃ちゃんと私のやりとりにぽかんとしながら、プリントシール機に抵抗なく押し込まれてくれる青木くん。
「それ、あとでちょうだいねー。お邪魔しましたー。ではごゆっくりー」
仕事を終えるとあっさりどこかへ行ってしまう辺りも彼女らしい。でも一人で何やってるんだろう、家は市外じゃなかったかな?
でもこれで撮影したも同然!
しかし……撮り慣れていないせいなのか、緊張するとかでどうもこわばって不自然なものしか撮れない。
「だからイヤだって言ってるじゃん……」
「む~」
それで諦める私ではなかった。自分らしくない行動だとは思ったけど、青木くんの首に手を回して、背伸びをして、顔を近づけた。
キスまでの距離、およそ二センチ。あえてその距離を保つ。
「ちょっと……」
うろたえても離れない、絶妙な距離。
そして諦めて? 意を決して? 唇が触れ合う。一度ではなく、何度か。
そして我に返った頃には、恥ずかしい写真の出来上がりだ。
「これ二度と見れない!!」
青木くんは赤い顔して、写真シールを財布にしまう。
私も出来上がったものを見て顔が熱くなった。今更ながらものすごく恥ずかしくなったので、同じく財布に入れて、カバンの奥に押し込んだ。
でもごく自然で、いいキス写真でした……でも恥ずかしすぎて凝視できない。
そのままゲームコーナーにしばらく滞在。
クレーンゲームはアームの弱さに何も景品が取れず、「取らせる気ないだろう」と青木くんが低く呻く。
そういうのを見ると、お金を入れたら必ず出てくるガチャガチャはとてもいいやつだと思う。何が出るかはお楽しみ。
それから雑貨屋さんで癒し系キャラクターグッズの物色。
おもちゃ屋さんで今流行のおもちゃチェック。
「ライダーもこんなのになったのか……」
「まだ魔法少女シリーズ続いてたんだ」
小さい子供のヒーロー、ヒロイングッズはシリーズが変わっても健在。
書店で話題の本の話。
「文章の本はあまり読まないな。読むのはマンガばっかり」
だそうです。
私もそんなに小説ばかり読む方ではなかった。どっちかと言えば少女マンガ、恋愛ものが多い。
CDショップでは自分の好きな曲や歌手を紹介しあう。
「ああ、サビなら聴いたことある。テレビCMやってた」
「そうそう。アルバムすごくいいよ、貸してあげようか?」
「ホントに? じゃ、聴いてみようかな」
相手の好きなものを知ると、自分も知りたくなるの。
知れば知るほど、もっともっと青木くんが好きになった。
初めてのデートはとにかく幸せな時間だった。
最後にまた雑貨屋さんに立ち寄り、青木くんは初デートの記念と言って手のひらサイズのうさぎのぬいぐるみをひとつ買ってくれた。
でも、今日は日曜日。
昼は父に任せて出掛けてしまったけど、さすがに夕飯まで何もしないわけにはいかないので、買い物や準備のことも考えて早めの帰宅になる。
「あのさ、明日も部活休みだから……」
「じゃ、ウチに来てよ」
「え?」
「大丈夫だよぅ、月曜だからお父さん仕事でいないから」
「あ、ああ……」
「ご飯、ごちそうしてあげる。何が食べたい?」
帰り道の途中にある行きつけのスーパーで明日の夜までの食材を買い込んで、コンビニで別れる。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「ああ、うん。俺も楽しかった」
「明日は楽しみにしてて」
「うん、起きたらメールする」
……うーん、何だか青木くん、キレの悪い返事ばかりしてた気がするけど、気のせいかなぁ。
帰宅して、スーパーで買い物したものを冷蔵庫など行き先別に片づけてから自分の部屋に戻る。
カバンに押し込んでしまっていたうさぎのぬいぐるみを取り出し、一通り撫でまわしてからベッドの頭元へ置く。
うん、かわいい。
そして、明日も楽しみだなぁ。
――ありがとう、夏休みー!
と外に叫びたいぐらいの気分だった。
そして財布に封印してあるプリントシールを取り出して見て自爆。
本当にもう、これは……。でも、すごく幸せな、理想的なキスだよね。
凝視していられないし、財布に入れてて落として誰かに見られても恥ずかしいので、自室にて厳重管理としよう。鍵の掛かる引き出しへ封印。
月曜日。夏休みであっても平日営業な父を送り出し、のんびり洗濯、お掃除、昼食の下ごしらえ。今日は天気がいいから午前中に布団も干しておこう。
青木くんから電話が掛かるまでにある程度は終わらせておきたいところ。
しかしこんなに幸せ続くと、部活始まってしまったら抜け殻のようになってしまわないだろうか。
今のところ、ムフフとニヤニヤ止まらない。
寝過ごした! と慌てた様子の電話があったのが十時。青木くんがウチに到着したのが十時半。
ご飯の下ごしらえは終わってるので、一時間は私の部屋でのんびりお話しができるタイム。
「試合終わったばかりだし、もしかして明日も部活休みとか?」
「いや、それはないけど、野球部が甲子園前で午前から三時ぐらいまで全面フル活用してるからこっちは練習に入るスキもないらしいよ。だから午前中の涼しいうちにグラウンド外でトレーニング二時間やるって」
「大変だよね、相変わらず」
「うん、盆休みまでそんな感じらしいよ。休み明けたら通常の休日活動と同じ」
「へぇ……。だったら明日もご飯食べに来る?」
昨日の帰りみたいなキレの悪さはなくなってるし、私の気のせいだったみたいだし、部活があっても時間短いみたいだし。うんうん、これは逢えなかった期間を埋め合わせるよう神様が与えてくれた時間なのね。地道に頑張ってて良かった。
「……据え膳?」
「……ん?」
すえ、ぜん?
据えてあるお膳ですか? お昼ご飯? まぁそんな感じですか?
「ご飯、早めの方がいい?」
「……押し倒したいね」
何か会話の歯車が噛みあってない。
「ホントもう、無防備にそう、何というか、据え膳食わぬは男の恥って知ってる?」
「据え膳、食わぬ……? お口に合いませんか?」
「据え膳食わぬは男の恥! 辞書!」
「ひぃ!」
いやはや、私が知らぬことを青木くんが知っているだなんて思いませんでした、成績的な偏見。
「襲うよホント……」
な、何か言いました!?
「上げ据え膳?」
「違う、もういい……」
「載ってないんだもん、辞書」
持ってきた国語辞典を閉じてケースに戻す。あとで机に持って行こう。上げ据え膳でも間違ってなさそうなのになぁ。ごはん出してるし。待ってたら出て来たでしょ?
気になって携帯のネット検索でちょいちょい……出て来た。その意味は……全く違った。
押し倒したい、無防備、襲うよ、結びついた。
ボーン。頭から煙出る。
きっとさっきからの据え膳も違う意味で言ってたに違いない。
そうか、親のいない家に無防備に誘いすぎってこと?
志乃ちゃんたちからの注意で「男の部屋に行くとき」のことしか考えてなかった。逆だから大丈夫なわけない、むしろ反対の意味で捉えられてたってこと? うわぁん、そんなつもりじゃないのに~。
「……そういう話の流れだからアレなんだけど、土曜、オヤジが社員旅行でいないから……ウチに泊まりに来ないか?」
「え?」
「……ほんっとによぉぉぉく考えてから来て。ほいほい気軽に来ないで。むしろ、そこそこそれなりの覚悟とかしてから、来る気があるなら来て。まぁどうなるか分からないけど、万が一ってこともあるからどうとも言えないし。いや、来てほしくないなら誘わないよ。そりゃ来てほしいけど、なんというか、健全に過ごせる自信はないし、だから、そういうことで……」
マシンガン、弾切れ。
来てほしいの? ダメなの? どうしてほしいの? と疑問ばかり浮かぶけど、決断をするのは私。私にも覚悟がいるってこと……あ、これか。ちょっとムフフなマンガであった「痛くしないから力抜けよ」に発展するやつだ。
いつの間にそこまでコマを進めていたんだろう……。
「すぐに行きたいって返事したいところだけど……ちゃんと考えとくね」
自分のことだから。そっちは無知ながらもマンガでちょこちょこつまみ食いはしてるから……でも、エッチなことされちゃうにゃぁ!!
「きゃぁぁぁ」
変な声出た。
「まだ何もしてないんだけど……ご飯に呼んでくれて嬉しいけど、二人きりってすごい意識しちゃって、葛藤してたり抑えてたりけっこう大変なんだから……」
「……ん、そうだね」
改めて言われて認識してしまうと、もうご飯どころじゃないんですけど。
そういうのを切り替えるために、予定より少し早いけど、昼食の準備に取り掛かった。
「昼からどこか行く?」
ここでのんびり……とはいかない雰囲気に一時的とはいえなってしまったので、午後からは海の方へ行くことにした。
昼食はスパゲティのナポリタン。
野外は暑いから水筒にお茶を入れて、帽子を被って準備万端。
泳ぎに行くという訳ではないけど、キラキラ輝く夏の海へ!
海……と言っても自宅アパートから自転車で十分も掛からないところにある、田舎な地域の地元住民でもたまにしか利用しなさそうなところだけに、そんな海に人がいるかと言えば、いる訳がない。
でも釣り人ぐらいが……干潮ゆえに一人もおらず。
完全貸し切りプライベートビーチ。
場所が変わっただけでなにも変わらぬ二人きり。
さすがに日なたは暑いので、テトラポットの影に並んで座る。
「……ヒマだね」
「……そうだな」
暑いだけならともかく、会話も続かない、さてどうしたものか。
困って頭をコツンと青木くんの方に預けるが、そのとき帽子のつばが当たったらしく、「あた」と小さく言われる。
「あ、ごめん、帽子当たった?」
「大丈夫……」
と言いつつ私の頭から帽子を取って、顔を近づけてきた。
「ちょ、見えちゃうよ」
慌てて静止しようとするけど、
「大丈夫、見えないよ。それに、誰もいない」
帽子で隠して、こっそりキスをしている感じ。
暑いのにくっついて座って、手を繋いで、目が合うたびに微笑みあい唇を重ねた。汗だくで本当はすごく気持ち悪いはずなのに、離れたくなくて、このままでいたくて……。
「怖いぐらい幸せ」
永遠に続けばいいのにって願った。
10★そう
――キーンコーンカーンコーン♪
さて、眠いのをガマンして一時間目は終了し、休み時間。写真を撮りに来るかは謎だがとりあえず寝たフリをすべく机に伏せる。それからそう経たないうちに特徴的な足音、ほぼ真横で止まってからのシャッター音。
――ンゴゴゴゴ。
椅子の引き方がおかしかったせいで変な音が床に響くがそこは気にせず撮影者をとっ捕まえる。
これまで俺が全然気づいていなかっただけに、けっこう驚いた表情をした伊吹がそこにいた。
「お前、羽山と何やってんの?」
「名前で呼んでやれよゴミクズ」
俺より身長低いくせに、強く睨み上げてくる目は人をひどく見下すような視線で、完全無防備だったスネを蹴飛ばしてきた。俺がひるんだ隙にくるりと向きを変えて教室から出て行って姿は見えなくなった……と思ったら、またドアのところまで戻ってきて一度こちらを撮影。
なんなんだよ、ホントにアイツは! 何であんなのと羽山が繋がってんだよ、意味わかんねぇ。
――名前で呼んでやれよゴミクズ。
伊吹に言われたことがふと蘇る。
……名前、で?
誰を?
羽山?
えっと……、つばさ……さん?
「ほぁああああああ!!!」
顔がどんどん熱を持つ。考えただけで恥ずかしくなってしまい、思わず教室でみんながいるというのに構わず叫んでいた。
「ちょ、青木?」
「なに、やっぱあの写真で弱み握られてたんだ」
「あの桜井さんだし……」
「ご愁傷さまだね」
ちゃうわ。俺が想像以上にへちまでヘタレすぎると自ら嘆いているだけだ。
この日は更に追い打ちを掛けるような事故も発生することになる。
来月頭から開催される総体の練習が更に厳しくなってきて、当然甲子園行きが決まっている野球部も厳しい練習をしているんだけど、グラウンドがあれでこれでそれないつもの理由でまぁ、もう、以下略で。全国に向けた練習がこれでいいのか本当に。
どちらも譲らず、時間ギリギリまで練習をしてたおかげで外はもう真っ暗なのに先輩たちはさっさと帰宅され、片づけは一年に押し付けられている形だ。
こんなに暗くなるまで練習してたら、羽山に逢いに行けないじゃないか。今日はもうお父さん帰宅してて出てこれないだろうなぁ、と肩を落としながら自転車置き場へ……行く前にサッカーボールが一球落ちているのを見つけてしまった。
おかしいな、誰かボール数え間違えたかな?
気付かなかったフリをして帰りたかったところだが、これを明日の朝、先輩に見つかったら、一年全員の責任にされて、腕立て耐久か、ダッシュ耐久か、はたまた俺はドッジ耐久だろうか。それはお断りだ。
カバンは自転車のカゴに放り込んで、ボールを部室へ持って行く。入り口ドアはもう鍵が閉めてあり、鍵も返却済み。ボール一個のためにわざわざ取りに行くのは面倒だし、たまに忘れ物を取りに来る部員もいるので、裏に回っていつも開けっぱなしの窓からボールを投げ込んだ。
――だめですってば……。
ん? どこかから女子の声がしたような……。
周りを見回しても真っ暗で、虫の鳴き声ぐらいしか聞こえない、静かな夜と言っていいほどだ。
その中に、聞き取れないが男の低い囁き声が窓ごしに聞こえ、次に女の高い声が……。
あ、これ、あかんやつや。
隣の部室……こっちは野球部だこれ。いろいろヤバいなこれ。どうするこれ。
……そうだな、何かムカつくから、窓をわざと音を立てて閉めて、走って自転車置き場へ行って、すごい勢いで帰宅するのみ!
しかし、途中から自転車なのに後ろをつけられている気がした。恐ろしくてただがむしゃらに漕ぎ続けたがそれは全然引き離すことができず、後ろを振り返ることもできないまま、いつものコンビニに到着。助けを求めるように駆け込む寸前、
「やっぱお前か、ゴミクズ盗み聞きヤロォ」
この世のものとは思えないような恐ろしい声に、ゆっくりと振り返ると……コンビニの明かりにうっすらと照らされた、完全に髪も着衣も乱れたままの伊吹が自転車にまたがったままでそこにいて、すごい形相で俺を見下していた。
まさに暗闇に浮かぶ般若の面!
「ひぃやぁあああああああ!!!!!」
コンビニ前にも関わらず、俺はすごく甲高い声で情けない悲鳴を上げてしまった。
伊吹はそのまま自転車で帰宅していく。けどさすがにその恰好で家に帰ったら何か言われるぞ。
心拍数が上がったまま、時間的に品数少ない中から弁当を選んでレジへ。弁当がレンジで温められている間、大学生ぐらいの男性店員がクスクスと笑ってくる。
「さっきの、すごい悲鳴だったね。何見たの?」
聞こえてたらしい。そういえばこの店員さんは俺が駆け込んだとき、入り口付近で掃除してたな。
「学校からずっと後ろつけられてて、怖くて振り返れなくて、とにかくコンビニに駆けこもうと思ったら声掛けられてびっくりしたというか……」
「で、誰だったの?」
「同じ学校の近所の女子でした」
レンジから弁当を取り出してレジ袋に入れながら、「なにそれ」と笑われる。
まぁ、それだけを聞けばその程度の反応だろうけど、事の始まりと仲の悪さと伊吹の恰好を見たら笑いごとではない。
学校で、いかがわしいことをしてはならん。
「じゃ、気を付けて」
店を出るとき、そう声を掛けてくれる店員さんに会釈をして、空いてる手はポケットの携帯を探す。
たぶん、今日は逢えないだろうけど、一応電話してみよう。
発信履歴からすぐ呼び出した番号に掛ける。もしかしたら食事中とか入浴中とかで出てくれないかもしれないけど……少し長めに鳴らすつもりで呼び出し音を聞いていると、そう経たないうちに羽山は出てくれた。
『もしもーし』
いつもより遅いのに、別に機嫌が悪そうな声音ではなく、通常通りだったのでまず一安心。
「ごめん、今日遅くなって……さすがに無理、かな?」
『今、コンビニ?』
「ああ、そうだけど」
『お父さんお風呂長いからちょっとなら大丈夫だよ』
やっぱお父様帰宅してんじゃん。
でも大丈夫と言われて行かないとは言えないのでとりあえずアパートへ向かう。でも話した時間はほんの少しで、今日は黙って抱きしめたい気分だった。
「どうしたの?」
「……今日はいろいろ疲れた」
「授業ちゃんと受けた?」
「うん、でもよく分からなかった。テストも解けないはずだ」
「聞いてないより、聞いてるだけでちょっと違うよ」
「そうだね、よく分かった。あと、たぶんこれから総体まであまり会えないかもしれない」
「……うん、わかった。大丈夫だよ」
羽山の方から離れようとするまで、包み込むように抱きしめているつもりだった。なのにふと、伊吹に言われたことを思い出してしまう。
――名前で呼んでやれ……。
名前……、彼女の名前は羽山つばさ。
有名なサッカーマンガのキャプテンと同じ名前だったという理由で中学に入学して割と早い段階で覚えていた名前。サッカーが得意そうな男かと思ったら、頑張り屋さんの女の子だった。
「……つばさ」
「ほぇ?」
予期せず囁いてしまった羽山の名前。離れたのは俺の方。抱きしめていたのに羽山の肩を掴んで引き離していたけど肩はつかんだままの距離で見つめ合うことになる。
「いや、あの……」
「名前、知ってたんだ」
「当たり前だろうが!!」
見当違いなことを言われて恥ずかしさはぶっ飛んだけど、助かったのかどうなのか、よく分からない。
「私も青木くんの名前知ってるよ」
と羽山は恥ずかしそうに目を逸らすけど、表情は緩んでいて、俺には嬉しそうに映った。そして、自分の名を呼んでくれることを、どう呼んでくれるのか期待する。
「創くん」
ただそれだけなのにじわじわと心に沁みて、顔の緩みが抑えきれない。
「正解!」
「やったー」
もう、お互い照れ隠しに必死で、おかしなことばかり口走っていて、
「おおそうだ、あまり遅いとお父様が」
「そうだね、忘れてた」
「忘れとったんかい!」
「うっかりです!」
うっかりすぎます!
いつもよりぎこちなく別れの挨拶を済ませ、押さえきれない照れ笑いを浮かべながら帰路につく俺。
羽山おとんが風呂上がる前にちゃんと戻れたかは謎のまま。そんなことが気にならなくなるほどとにかく舞い上がっていた。
そのせいではなく、元々まともに勉強していなかったことが祟って、一学期期末考査、見事な赤点により居眠り時間がアディショナルタイムになって夏休みに帰ってきた! 要は見事に補習と追試が決まったのである。
どうせ部活で毎日来るだろうけどさ……もう総体目前だけに先輩方の視線がいつもの倍以上に冷たかった。
「お前、一応補欠キーパーなんだから。ウチ、キーパーお前含めても二人しかいないんだから、出ることなくてもベンチ座れるって知ってた? 自覚ある?」
「た、大変申し訳ございません!!」
「補習、必ず受けますのでどうか、どうか部活割り当てになっていない時間でお願いしたいです」
「……ふざけてるね」
「そこを、そこをどうかぁぁ!! わたくし、サッカー部唯一の補欠キーパーだそうで、このクソ重要な時期に補習が決まってからというもの、先輩方の視線が冷たすぎてブリザード」
「自業自得だよ」
「……ですよね、分かってます。二学期以降はこのようなことがないよう、勉学に励む所存であります!! なので補習はどうか、どうか!!」
「ええい、うっさい!!」
土下座、土下座の嵐。
そのかいあって、補習が課題と追試になった教科、部活時間を潰すことなく補習と追試を受けれるようになった。各方面の先生方には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解いただき感謝いたします。
が、羽山にも土下座だこれ。夏休み前半は部活と補習で潰れる。
「という訳でして……」
羽山の表情がまさにグシャっと崩れた。
「部活はガマンしようと思ってたけど、補習、追試……」
「ハイ……」
「からの、八月は総体……甲子園と何が違うの?」
「根本が違うねそれ。伊吹の方が得意分野だから聞いてみるといい。一時間は語ってくれるだろう」
「試合、どこであるの?」
「今年は東北だって」
「……遠い。毎年違うの?」
「らしいよ」
話がうまく脱線しつつあるので機嫌はもういいのかなーと油断してた。
「でも補習、追試だって、あれだけ言ったはずなのに……」
「以後、ホント気を付けるから」
「私、創くんのお母さんじゃないよぅ!!」
楽しいはずの夏休み七月分は、部活と補習でガチガチ生活。どうにか追試で平均を上回り、無事任務終了。安心して総体会場へと乗り込んでいった。
夏休み期間中ということもあり、試合は毎日開催される。テレビで見る高校野球の甲子園ほどの盛り上がりはない。観戦席は選手として選ばれなかった部員と保護者ぐらいのもの。吹奏楽部や応援団は野球部専属みたいなもんで、甲子園の盛り上がりに比べたら……静かなものだ。
「新山、もっと出ろ!」
「山野ぉー!!」
普段の練習にはほぼ出てこない顧問がすごいリアクションしつつ声を張り上げている。
相手ゴールに近づくと興奮してみんな声が大きくなる。
シュートを外すとああー、と落胆の声。
ピッチの外と中は次元が違う。外からは何とでも言えるけど、中は思い通りにいかない戦場。
相手チームのフォワードが、ミッドフィルダーが我が校ゴールへ上がってくる。ディフェンダーがボールを取りに、パスを出させないように選手をマーク、ミッドフィルダーもゴール寄りに固まりつつある。
ちょっと戻りすぎじゃないか? チャンスが来ても攻撃できない。
チャンスは来なかった。そのまま守備はかわされ、攻め込まれ、キーパーが倒され、押し込まれたボールにゴールネットが揺れた。
人がぐちゃぐちゃっとまみれたと思ったら、一瞬の出来事だった。
相手選手が分散する中、主審とチームメイトがうずくまっている我が校の背番号1――加藤さんを囲む。
あ、イヤな予感してきた。
「青木」
「……はい」
万が一のために準備しろという合図だった。
あんなのが突っ込んで来たらひとたまりもない。とにかくボールをゴールに入れさせないために、ボールばっかり見ていたらあっちからこっちから人が突撃してくるようなものだ。怪我しない方がおかしい。
けっこう本格的に体を動かしていたのだが、キーパー加藤さんはどうにか復活、そのまま試合続行となったけど、俺は動きを止めることはなかった。
21という番号を背負ってるから、他人事ではない。キーパーの代わりは俺しかいない。なんてチームだ。おかげで一足お先にベンチ入りできたわけだけど。
俺の出番は結局ないまま、総体一回戦で敗退。県内トップクラスであっても、全国での一勝の壁は厚かった。
――試合、一回戦負け。俺は出れなかったけどいい経験できた。
『送信』
帰りの新幹線。トイレに籠って携帯をいじくってた。思いのほか揺れる車内に手元が狂ってうまく文字を打てず、時間が掛かったわりには短い文章になってしまったが、羽山にメールを送信。
なにやら戻っても野球部が甲子園行くまで部活がまともにできないとかで一週間練習時間短縮となった。休みにすると盆もあるから二週間も部活なしになるのでそれは回避する形である。しばらく試合ないからいいんじゃね? とも思うがそういう訳にもいかないようだ。
試合会場から行き当たりばったり新幹線で帰郷、最寄り駅まで戻ってきた頃にはもうバスなんてない時間。でも安心してください、電車に乗り継ぐ際、父に連絡しておきました。たぶんどこかに……ああ、いたいた、目の前にウチの車。
いくらもうバスがない時間とはいえ駅舎の真ん前に停車するとは。少しぐらい遠慮してズレとけよ。と思いながら助手席側後部座席のドアを開け、荷物を放り込む。
「おかえり創。残念だったな」
「ただいま。まぁでも、俺出てないし。次か、来年の試合はイヤでも出ることになりそうだけど」
後部ドアを閉めて自分は助手席へ乗り込み、シートベルトを着用。父もベルトをして、車を発進させる。
「ご飯は?」
「うん、腹減った」
「ファミレスでも行くか」
「よし、ステーキ御前とシーザーサラダとハンバーグ!」
「……まぁ、今日はいいだろう」
脳内はステーキでいっぱい、口の中で分泌される唾液量が増えた。じゅるる。
駅近くの深夜まで営業しているファミレスで腹ごしらえ。やっぱり弁当以外のものはたまらんウマい!
父さんは唐揚げを頼んだせいでビールが飲みたそうだったが、まだ運転して帰宅せねばならないのでガマンしている様子。ノンアルコールを追加で注文していた。
「次の土日、社員旅行で家にいないから」
「社員旅行? どこいくの?」
「箱根」
「ふーん。お土産なにがあるかわかんないとこだね」
「まぁ、何か買ってくる」
「伊吹んちの分もね」
「分かってるよ」
伊吹との関係はどうであれ、桜井家には何かと世話になってるからな。こういう時のお土産ぐらいしかお返しができない。
テーブル半分を埋めていた俺の注文の品は十五分も経たないうちに空にして、入店から三十分以内でお会計、コンビニで明日の朝食や菓子ジュース、父は缶ビールを購入し、帰宅。
荷物はダイニングにほったらかしてまた明日どうにかするとして、さっさと風呂に入り、部屋は窓が閉めきってあったので真っ先に開ける。そして布団にばったり倒れる。
ものすごい眠い。試合には出てないからこれは移動疲れか。
でも寝る前に羽山にメールしとかないと、無事帰宅しました、と。
それだけ打って送信。返信を待たず、眠りに落ちた。
朝、時計は九時を過ぎたところを指している。思っていたより早くに目覚め、真っ先に確認したのは携帯。昨日、いろいろ書きそびれたことがあったのもあるし、何より送りっぱなしメールばかりだったから、ちゃんと返信の返信をせねばとも思って。それに今日、明日は部活が休み、あさってから四日ほど時間短縮での部活。ようやく羽山とデートらしいデートができる、いやむしろ初デートではないのか? 俺が部活休みの時ってテスト期間かだいたい雨だし、一緒にどこか行ったというよりコンビニで会った、アパート前で会話ぐらい。俺は部活、羽山も家で家事をしなければならないから、学校帰りにどこかで待ち合わせて一緒にぶらぶらとかなんてできないし。
そうか、初めてになるのか……。今日、急だけど大丈夫だろうか? 今日がダメでもまだ明日があるし、土曜まで部活はあっても……。
土曜? 日曜と社員旅行。そうだ、父さんいないんだ……。
いないのか? じゃ、羽山泊まりに来ても大丈夫じゃん。そうそう、泊まりに……!!
それ、ただごとじゃないよ!!
ちょっと待って、ちょっと待って……。もしかしたら何も起きないかもしれないじゃないか。そんな訳あるか!
いやいやいや、そこはどうでもいい、あとで考えろ。今日はデートだ!
ということで、昨日の返信を兼ねてお誘いメールを送る。休みだから返事はのんびりかな、と思って一階に降りてほったらかしの洗濯を始めようかぐらいでメール受信音。思ったより早い、さすが主婦、休日ものんびりしてない。
9☆つばさ
通学途中にある麺屋。梅雨時期でまだ寒くないか? 早いのではないか、と思うような「冷やし中華はじめました」というのぼりを見かけてから1ヵ月ぐらいは過ぎただろうか。
雨の日数は徐々に減り、夏の訪れを告げるようアレが鳴いているのに気付いた。
夏――セミ、始めました。
外はまさしくカンカン照りで、上から太陽が照り付け、下はアスファルトが余熱でじっくりじわじわ……例えるなら両面焼きグリル。夏の野外はまさにそれであった。
いつの間にか夏ですよ。お弁当腐る……。
でも大丈夫、安心してください、学校はエアコン完備です!
寒くもなく暑くもない程度の室温で勉強に快適な環境。遠方からの進学も安心な寮もあり、なかなかメニューが豊富でおいしいと評判の(まだ行ったことない)食堂もあり、さすが私立、至れり尽くせり。
「んー、ウチの学校にもエアコンあるよ」
なに!? 県立高校にもエアコンあるだと!
たまたま帰りが早かった青木くんに会い、コンビニの影でアイスを食べながら座り込んで話してるけど、汗だらだら。実は側に室外機があるから余計に暑かったりするんだけど、ちょうど道路から見えないところで夕方の時間帯で唯一日陰になる場所だからここにいる。
「それにしても暑いね。食べ終わる前に溶け始めたぁ」
こぼさないよう、垂れるしずくを舐める。気温が高い時に棒アイスは失敗だ。次からやめよう。そして崩れ落ちる前に一気に咥えこんだところ、隣から視線を感じる。
アイスを咥えたままそちらを向くと、何とも間抜けな顔をした青木くんが私を見ている。しまった、かわいくなかったかな。
「……エロい」
どこが!! と全力のツッコミを入れたのだが、青木くんはごにょごにょと濁して教えてくれなかった。
□□□
「そりゃつばさん、アレだ……」
学校で友達との会話の中で話題にしてみたら、周りにいた三人全員に何とも言えない表情をされ、志乃ちゃんが重い口を開いた。
「え? やっぱ棒アイスなんて子供っぽかった? やっぱカップの方にしとけば良かったかなぁ」
「そこじゃない。何で子供っぽいにエロいが繋がるのよこの子は」
あ、そうだね。あれれ?
「食べ方がこう……エロいのよ」
「何で、普通に食べてたもん」
「だからぁ……」
「なんて純粋なのこの子!」
バカにされてるのかな、これは。
「もぅ、何か濁されるとすごいバカにされてるみたいでいやなんだけど、はっきり言ってよ!」
「ならはっきり言うわよ。しゃぶってるとこ想像したのよ、カレシ」
「……へ? しゃぶ……??」
ここは女子しかいない花の楽園ではない。
男子禁制のこの空間に、オブラートなど存在しなかったのだ。
カプセルの薬の中身をぶちまけてしまったのか……。
私は、知ってしまったのだ。そっちの話を……知らなさ過ぎたのだと痛感したのだ。
「今は純粋無垢なつばさんも、そのうちカレシにエロいことされるのね……」
「う、うわわーん!!」
「まぁ、覚悟はしとかないとね。つきあってたら避けては通れない、もうそういう歳なんだから」
「男の部屋に一人で踏み込むときはそれなりの覚悟で! ほいほい泊まりにいかないのよ?」
「あと、何があってもちゃんと避妊をしてもらうのよ」
「それから、男の前で長い棒状のものをしゃぶるように食べるのは不可。バナナなんてもってのほか! 襲われてもしらないからね」
聞きたく、なかった……。
だって青木くんはそういう素振りとか全然ないし、手繋いだりキスするぐらいでもまだ照れるぐらいの関係だし、ましてやまだ名前で呼び合うことさえもできてないほど純粋な……って思ってるのはもしかして私だけかな? だからお子様とか言われるのか……。
「だって、そんなこと、保健体育の教科書にもなかったし、性教育でも習ってないもん!」
「教えられてたまるか!!」
二次性徴ばかやろう。
「だいたい、そんな情報どこから得てくるんだよぅ」
「……兄貴のエロ本?」
「微妙だよぅ!」
理想的な女子高生の会話じゃないよぅ。
少々のカルチャーショックを伴って、帰宅しまする。
「つばさ、ちょっといらっしゃい」
途中で伊吹に捕まって、ファストフード店に連れ込まれた。
体育会系な伊吹は、半袖のブラウスの袖をさらにまくって肩まで露出しそうな勢い。スカートもふつうのより短めな気がするけど、やっぱり露出をカバーするようにちゃんとスパッツがのぞいている。いつでもすぐ捕獲に走れる感じだ。それに捕まったのが私ね。
伊吹はポテトと炭酸飲料を注文し、私はアイスティとデザート的なものを注文して、日差しの入る窓から離れた涼しい席についた。
来いって言ってたくせに、なぜかポテトを黙々と食べ続ける伊吹。なぜかとてもこちらから話しかけれるようなオーラではなかった。その間に私もデザート的なパイをもそもそと食べる。外がパラパラとこぼれる、中身が飛び出すで少々苦戦を強いられてしまった。
「145……普通ね」
「一体何が?」
「本数よ、ポテトの」
「……数えてたの?」
ほんと、変わった人だ。でもようやく会話ができそうだ。
「で、何か用事?」
「この前コンビニであたしの連絡先聞きたがってたでしょ?」
「うん、そうだけど……」
「たまたまつばさがいたから、交換しようかと思って。じゃないといつまでも面白い情報提供できないでしょ?」
「何をしようと思ってるのかちょっと予想つくよ」
「うふふ、学校での創の姿が見れるのよ、ありがたく思いなさい」
いい友を持ったのか、地獄の始まりなのか……。彼女があの桜井伊吹だから、なんとも言えない。
「すでに激写いっぱいあるのよ」
と、写真をどんどん見せてくるけど、全部居眠り写真だった。
「……授業受けてるのかな?」
「寝てるわよ、クラス違うから休み時間の度に見に行ってるけど、起きてる気配ないもの。写真撮られてるのにも全然気付いてないみたいだし」
「お説教だよぅ」
「部活の時間はすっごい頑張ってるんだけどね」
と次の写真を見せてくるが、いろいろおかしい。
「……鬼ごっこでもしてるの?」
「いいえ、野球部員と戯れてるのよ」
そういえば仲が悪いって聞いたような。
携帯番号とメアド交換をすると、すぐに伊吹から大量の寝顔写真が送られてくる。
んん、かわいいである。
「生で見たいでしょ?」
「んー、見たよ」
はっ! とした時にはすでに遅し。伊吹はニヤっと何かをたくらんだような表情を浮かべる。
「ヤったの?」
「してないよぅ!!」
今日はこっちのネタで持ち切りの日なのか? でも先日のコンビニの時みたいにダイレクトな名称を言ってこなくて助かった。
「でも寝顔見たことあるんだ、へぇ……未遂かしら?」
「もう何とでも言ってくだされ」
「緊張しすぎて使えなかったことにしとくわ」
……何が?
あれは別に何にもなかったし、まだそういう関係でもなかった頃だったし、下手に言い訳した方が裏目に出たりするから、それはもう、今日十分思い知らされた感じがするのでもう黙ります。
「じゃ、また連絡するわ」
いつものコンビニがある三叉路で、伊吹と別れた。
別れた途端、ふと気付く。
そういえば、今日は部活なかったのかな? まぁ、たまには休む用事もあるか。寄り道してたけど。
帰宅からしばらくして、伊吹から件名も本文もない写真のみのメールが二十通ほど送られてきた。
小さい頃の青木くんの写真から、中学に入る前までの頃……私の知らない彼。さすが幼馴染み殿、いいものを持ってらっしゃる……けど、私にとってはお宝写真すぎる、けど、当然のように伊吹が一緒に写ってるのよね……嫉妬しちゃう。
青木くんたちより小さい子もたまに写っている。笑顔溢れるかわいい男の子と、なんとなく青木くんに似たはにかんだ笑顔の男の子……弟さん?
そんなことがあっても、何も知らない青木くんは私に逢いに来る。
「授業ちゃんと聞いてる?」
「……提出物はちゃんと出してるよ」
「授業聞いてるか聞いてるんだけどなぁ」
「……どうしたの急に」
私は携帯から居眠り写真を表示させて青木くんに見せる。
「内部告発がありまして」
「……誰か写真撮りに来てるって聞いたことはあったけど、あれ羽山だったの?」
「それはない」
学校違うでしょ、このとんちんかんさん。私と同レベルだったか!!
「居眠りは関心態度にCつくって言ったじゃん」
「いや、俺もう大学とか専門とかには進学はしないので……」
「進学以前に留年だよ! どうせテストも点取れてないでしょ? もう一回一年生だよ!」
「……二回留年して羽山と同じ五年とか?」
「バカ言っちゃだめだよ!!」
って怒ったら、すごい勢いで謝られたからたじろいでしまった。
「羽山、母さんかよ」
「うう、なんですとぅ!!」
私にはよく分からない次元ではあるけど、ごく一般的なお母さんってそんなのなんだ……。
「でもま、以後気を付けます。ついでに寝たフリでもして撮影者捕まえよう」
「……殴るよ?」
「……伊吹かよ。全然接点なさそうなのにしれっと繋がってるよな」
「……青木くんのお宝写真いっぱいいただきました」
「ワイロか?」
「ううん、何かと伊吹も一緒に写ってる写真チョイスされてるあたり、嫌がらせだと思う」
「……アイツらしいな」
「確認しないの?」
「……気にはなるけどやめとく。弟写ってるだろ」
やっぱり弟さんなんだ。お母さんと一緒に弟さんは出て行ったこと、青木くんは置いて行かれたこと、まだ引っかかってるんだ。
伊吹が送ってきた写真の話はしなければよかったと後悔した。
あと……私の前では伊吹のことを「桜井」って言うようにしてることにも気づいてしまった。幼馴染みだから、中学であんなことになるまではきっと名前で呼び合ってたはず、そう思えるほど、二人の、互いの呼び方が名前だと自然なのに、苗字だとよそよそしく聞こえるんだ。
そうか……私はまだ、「羽山」なのね。毎日逢いたいだけじゃ飽き足らず、ワガママなすぎるね。
鈍感なくせに、こういうことには気付くんだから……イヤだなぁ。
8★そう
急いで帰宅して広げたお弁当はまだ温かかった。
いつも、ただ食べて空腹を満たすだけの食事をしているけど、味わってゆっくりと食す。みるみる空になっていく弁当がもったいなくて一度手を止めた。
食べ終わるのがもったいない、ずっと食べていたい、なんておかしな感情。
最後の一口を口に入れ、いつもならほぼ丸のみのくせにゆっくり租借、飲み込んだ。
弁当は当然、空になった。
こんなおいしいものを食べてしまったら、明日から俺は何を食べればいいんだ。
腹は八分どころか七分に満たない程度なのに、十分であった。いっぱいなのは腹ではなく心というか満足感。
自分の為に作ってくれたご飯がこんなにも満たされるものだったなんて、初めて気付いた。母さんが居た頃は……家族のためにご飯を作ったり家事をしてくれるのが普通で、それが当たり前すぎて、全然気付かなかった。
いつもなら弁当ガラの片づけは次に立つ時にしてひっくり返るところだが、今日は空にした弁当箱を流しへ持って行き、すぐに洗う。丁寧に洗って、ちゃんと汚れが落ちてるか入念にチェックしてから乾いたコップが放置されたままの乾燥機へ入れて電源スイッチを押す。
乾いたらすぐに回収して明日には返せるように。父に何か言われても面倒だし……いや、あの人なら何も聞かずに弁当箱を別用途で使う気もするので。例えばちょっと水道水を飲むために器だのプラスチック密閉容器だの、水が入るのなら適当に手の届く場所にある何でも使う。あれはわりと迷惑だ。
せっかく洗って乾燥機に入れていた水筒が朝になったらシンクに転がってるからまた洗ってからお茶を入れたり、そういえば鮭フレークの入ってた瓶もいつまで経っても水が切れなくて捨てられない。あれもコップ替わりにされてたのか。
そう考えると父はかなり無神経でズボラだな。母さんが出ていきたくなる理由も今なら分かるかも。離婚に至った本当の理由なんて結局知らないままだけど。
置いて行かれた身、どうにかうまくやっていかねばならない。父さんに食事代や学費など出してもらって、部活もやらせてもらってるんだから、感謝しろなんて言われたらひれ伏すしかない。まぁ、ウチの親父はそういうタイプではないけど。
……さっさと自立しないとな。高校卒業後はとりあえず就職だ。まだなりたいものはないけど、今は高校の三年間を全力でサッカーに捧げるのみ。
さて、本日は中間考査初日。高校では一日二教科のテストがダラダラと四日間にもわたって行われる。中学の頃は中間五教科が一日、期末九教科で二日開催だっただけに、学校が早く終わってラッキーなような、しかし部活はないから残念なような。
テストの出来具合は……良くも悪くもない感じではあったが、ろくにテスト勉強もしてないし、英語のリスニングはさっぱり分からず適当な回答すら書けなかった。とりあえず半分取れてたら儲けもんってぐらい。これは羽山にバレたら怒られるだろうな、黙っとこう。
テスト最終日に待ちに待った部活解禁。テスト前の一週間、テスト開催期間の三日という部活停止期間で体力は結構落ちてるもので、走るとキツかったりするんだが、通学距離が中学時代の三倍以上なだけに、通学だけで脚力は毎日鍛えられてたようでランニングは余裕だったものの、上半身はすぐに悲鳴を上げた。腕立てとか懸垂とか全然回数がこなせない。
グローブが手に馴染まずちょっとゴワゴワする感じがするが、そのうち慣れてくるだろう。
――スパーン!
頭のすぐ横当たるスレスレぐらいでボールが飛んでくる。
「さて、インハイまでには使えるようになってもらうからな、青木」
ひょえぇぇぇ!!!
元フィールドプレイヤーなんだから、そんな高校から急にキーパーに転身した程度で全国レベルに達せなんて無茶な話だ。
またリンチみたいなドッジボール的なあれが始まるのか?
と思ったら、なぜかキャプテンに体育館へ連れて行かれた。そこでは反面を男子バレー部が練習をしていて、もう半分は男子バスケ部だ。
もしや、強制転部? なぜに。そして、キャプテンと話を始めたのは一人の先輩バレー部員。
「ちょっとコイツにアタックっつーの? 何かこう、パーンって打ち落とすボールどんどんぶつけてやってくれないか?」
どういうことやねん!
「で、青木は全部それ、拾って」
「はい!?」
「後ろはゴールだと思って、本気でやれ」
「ええ!?」
「キャッチしてもよし、パンチングでも何でも弾いてよし。別にバレーやれって言ってんじゃないから。じゃ、コッチはこっちで練習するから」
「ちょっとボールは柔らかいかもしれんが、本気でやらせてもらうぞ」
バレー部の皆さんの目つきが、なぜかギラギラだ。そういえば先日の大会、一回戦惨敗ってウワサが……。
そうだよね、これから全国に向けた練習に入るのに、育成中の次期(たぶん)キーパー程度の俺にリンチドッジなんてしてる暇なんてないですよね。
「……よ、よろしくお願いします」
確かにボールは柔らかくてサッカーボールより軽い感じ。蹴られたり突進してくる心配はないのでひたすらボールに集中できたけど、これ練習になってるの? 実際にゴール前にいたら人は突っ込んでくるし、一人が打ちに来るわけでもない。連携、フリーの選手、チームメイトの位置、シュートコース……実際には考えるより先に反射的に動いているもので、ごちゃごちゃ考えたって仕方ない。
けど……。
「何やってんだ、俺は……」
ほんとに意味分からん。
弾き飛ばしたボールを集めている途中でふと冷めたように我に返る瞬間。
バレー部の方はばんばんボール叩き落とすだけだからさぞ楽しかったでしょう。肩で息しつつも満足げな表情でした。俺はやっぱ不満。
「今のもう一回お願いします!」
なんて言いだすアホもいる。誰かと思えばバレー部員……あれはたぶん同級生、違うクラスの一年だ。そんなに俺がボールキャッチしたり弾いたりしてるのが楽しそうだったんだろうか。変わったヤツもいるもんだ……と思ったら、彼は腰を落とした。
打ち落とされるボールを、床に落とさないよう、上げるだけ。決して相手コートに戻すことはなかった。
何だ、あれ。ただ、本当にただボールを拾っているだけだ。バレーはボールを落とさず繋いで攻撃するスポーツって感じだし、どんなボールも拾っていかないといけないか……。
よく分からないけど、そう解釈してそいつがボールを拾い続けるのを見守った。
「ありがとうございました!」
彼は呼吸を乱しながらも、大きな声でネット向こうの先輩部員に挨拶し、頭を下げた。
そして休憩となる。
「サッカー部も大変ですなぁ」
さっきのアホ……休憩で体育館外に出た俺の横に腰を下ろし、話しかけてきた。
「オレ、一年三組の大本っていいます。サッカー部くんも一年だったよね?」
「ああ、俺は四組の青木」
三組といえばアレか……伊吹と同じクラスだな。
「サッカー部のキーパー練習も大変だね。ウチの高校強豪だから普段の練習もやっぱ厳しいの?」
「想像以上だね、練習も、練習場所も」
ここで俺の脳裏に流れた映像は、サッカー部の練習というよりは、野球部との乱闘やいがみ合い、桜井伊吹による無言の威圧。
思わず背筋が冷たくなって身震いした。
「大本くんも大変だね。バレーってあんまよくわかんないけど、意地でもボール上げていかなきゃいけないでしょ?」
「まぁ、簡単に言うとボールを床に落としちゃダメだね。中学の時からリベロだし、とにかくボールを上げて次に繋げるのが役目だと思ってるよ」
……リベロ?
「サッカーにもリベロっているけど、バレーにもいるの?」
「うん。守備専門のポジションだよ。攻撃ができないとか制限もあるけど……試合中にコートの中で色違うユニフォーム着てるのがたまにいるでしょ? あれだよ」
「あー、言われてみれば居るな! あれがリベロだったんだ」
同じポジション名でもサッカーのリベロとは全然違うんだな。こっちは守備ポジションでありながら攻撃にも参加する選手のことだし。
「サッカーといえば、オレの出身中のいっこ下にサッカーすごいって言われてるやついたなぁ」
「え? 中学どこ?」
「西中」
にし?
嫌な記憶が蘇る、あのMFに惨敗した……。
「んーと、なんだっけ? 去年、ハットリクン達成したとか?」
「ハットトリック」
「ええと、そんな感じ? よくわかんないけど」
「8番のミッドフィルダー、二年のトウボウソラ」
身長はズバ抜けて大きかった印象、故に威圧感があった。
なのに身体能力は高く、攻守に優れていた。
自分が持たないその能力がただ羨ましく、憧れ、尊敬し、嫉妬した。
その矛盾は未だに抱えたままだ。
「……名前まで知らないけど」
知らんのかい。
今年は大丈夫だけど、来年、更に成長しているであろうソイツに試合で当たったらと考えただけで嫌な気しかしない。
「でも、よく知ってるね、知り合い?」
「いや、中学最後の試合で負かされたから、よく覚えてるだけ」
「……キーパーってなんて言うんだっけ? 司令塔?」
「守護神」
「守護神、かっこいいね。じゃ、オレもバレー界の守護神目指して頑張るかな」
テレビで見聞きした程度の知識を引っ張り出しつつ、どうにか互いの部活の話をした休憩を終えて体育館へ戻ろうと立ち上がったところ、グラウンド方面からは終始罵声が聞こえてきた。
また今日もやっぱり……。
そういえば、野球部は甲子園出場、そしてサッカー部もインターハイ出場が決まっているだけに、どっちも練習場所が必要なのにどちらも譲るわけがなく、また惨事になるところですね。
「外走ってるときたまに見るけど、すごい対立だよね」
「……うん、そうだね、イヤになるよ」
何で場所確保できないのにサッカー部と野球部作っちゃったんだこの学校は。しかもどっちも強いとか意味不明すぎる。どこでそれほどの練習ができるんだよ。そのうち出場停止にならなければいいけど……。
「さ、戻ろうか。……ん? 青木くんはこのままバレー部特訓続行でいいのかな?」
「まぁ、とりあえず今はグラウンドに戻るべきではないと思う」
「……だよね」
ということで、俺は体育館へ避難し、今度は普通にバレーボールに混ぜられたものだから、打ち方なんて見よう見まねで、ボールは突拍子もない方へ飛び、終わる頃には腕が真っ赤に腫れていた。
ボールが柔らかいとか思って油断してた。
「今日は腕、真っ赤だね?」
「バレーやってた」
「え? 転部したの?」
「まさか。特訓だとか言われて放り込まれてただけ」
学校帰りに弁当箱返すためにも寄った羽山の部屋があるアパート前にて、首をかしげられる。そりゃそうだ。
忘れる前に弁当箱を返しておこう。普段はほぼ空の通学カバンを探り、それを差し出す。
「お弁当、ありがとうございました。すごいおいしかったです。弁当箱は一応洗ってあるけど」
「いえいえ、おいしく食べてもらってこちらこそありがとう。また……来週でもいいかな?」
「週に一度の楽しみになるよ」
来週のお弁当は……乞うご期待!
□□□
西中、8番、ミッドフィルダー、東・方・天・空。
ヒガシカタテンクウ?
最初、名前の読みは分からなかった。知ったのはその西中との試合が終わって数日後。
「オレも気になってさ、クラブの西中のヤツに聞いたけど、あの8番、とうぼうそらって名前で、二年だったよ。スポ少上がりでサッカー部入って、特にどこのクラブにも所属してないみたい。去年は二、三年中心チームだったから試合には出てなかったけど、やっぱ一人デカいから目立つには目立ってたって……で、それがどうした?」
「いや、何度も抜かれてハットトリックとかふざけやがって、悔しいからスネ蹴ってやりたいって思っただけ」
思ったことを言ってみただけ。ほんと、思い出すだけでも腹立たしい、憎々しい、羨ましい、俺も身長とセンスが欲しい! じだんだ。
でももう、試合は終わり、引退だ。
引退後もたまにふらっとやってくる先輩もいたけど、俺の中学サッカーはあの東方とやらに惨敗し、悔いだらけで終わった。とにかく今は次のステージ、高校サッカーのために、受験勉強に励むのみ。
次こそはアイツに負けない強さとテクニックを習得し、とにかくアイツに勝つ! 俺は攻守に優れたリベロになる!
再来年のインハイ予選で待ってるぜ!(勝手に)
もう意味わからんけど、そのぐらいの意気込みだったはずだ。
高二の春、グラウンドで伊吹に捕まってるアイツを見かけるまでは……。
そうだ、スネ蹴ってやんねぇと。
7☆つばさ
ある平日、学校が終わった帰り道。例のコンビニで特に用もないのに雑誌コーナーで表紙に気になるワードがないか見ていると、中学の同級生に久しぶりに会った。高校に入ってからは初めての再会だった。
「全国でもトップ3入りするようなかわいい制服着てるからどこの誰かと思ったら、つばさじゃない」
斜め下に見下すような顔の角度と視線、つまらなさそうな表情、興味なさげな口調。そ
んな態度してまで話しかけてくんなよ! と初見さんなら思うような態度であるが、これが彼女のデフォルト。ツンデレさんかな? ツンツン。デレたところは見たことないような……。
「うわぁ、伊吹だー!」
そんな態度されても、久しぶりの再会が嬉しくてついていないシッポを振ってしまう、わんわん!
彼女の自宅は青木くんの家の近くなので意外と会いそうなものなのに、これまでに一度もなくて、偶然会えたことがなんだかとても嬉しかった。中央高校の制服を着た桜井伊吹は……シンプルな色とデザインのブレザーな分、少し大人っぽく見えるけど、相変わらずの体育会系な感じ。スカートは今どきの女子高生らしく短くしているのに、裾からスパッツがちらりと覗いている。そしてスポーツブランドのリュックに同じブランドのスニーカー……微妙に残念。これで自転車がマウンテンバイクだったりしたら、がっかりである。
彼女は私の隣に立つと雑誌を一冊手に取り、パラパラとめくりながら、こちらを見ることなく口を開いた。
「創、最近浮かれてるけどいいの?」
「へ?」
「だから、仕留めなくていいかって話」
「ご心配なく、仕留めました!」
「なんだ、アンタだったの。危うく余計なことするところだったわ」
何をしようとしてたのかは分からないけど、聞きたいような、聞かない方がいいような。でもこの件もようやく伊吹に報告できて一安心。
「で、どこまでいったの? セッ――」
「うわぁぁぁあああああ!!!」
とっさに伊吹の口を左手で塞いで、パラ見していた雑誌を右手で戻してコンビニから押し出した。
なんてことを平気で口走るんですかアナタは!!
ホントに、この人と付き合うと疲れる……。
「冗談よ、あたしだってまだなのに、先を越されてたまるか」
店の外。結局何も買わずに出てきてしまい、ちょっと罪悪感もありつつ、彼女が突然妙なことを口走っても困るので、更に端のフェンス側まで押して移動させた。
なぜか私は肩で息をしている。運動不足かしら? まさか、毎日自転車で通ってるのに。
「そういう伊吹は付き合ってる人とかいるの?」
「うーん、まだ付き合ってはいないけど、野球部のキャプテンとちょっと、ね」
「やっぱ野球なんだ」
「マネやってるわ」
「へぇ」
「割と打率いいから試合出ろとか言われるわ」
「へぇ?」
マネージャーって、なにやる係り? 試合には出ないけどバット振ってボールは打つの?
「今年の夏、甲子園出るからテレビで試合見てね」
「青木くんもインターハイ? 出るって言ってた」
「……あたし野球の話してんだけど」
「うぅ、でもスポーツはよく分からないよぅ」
「県総体は見に行ったの?」
「いや、その頃はまだ付き合ってなかったし、会場も日にちも知らなかった」
「……最近ってこと?」
「二週間ぐらいになる」
いろんなことがあった気がするけど、まだそのぐらいしか経ってなかったんだ……。
「昨日は? 創の誕生日だったでしょ?」
「伊吹、青木くんのこと許さないくせによく見てるしよく知ってるよね」
「……付き合い長いから、ついつい視界に入るし、近所の馴染みでやっぱり気になるだけよ。っていうか、あたしの質問に質問で返すとはいい度胸ね」
「ええ、昨日、昨日ね……」
私に対してだと中学時代によく目撃していたような襲い掛かるなんてことはしてこないけど、どうも彼女の言葉はトゲだらけ。ケガしないうちにフォロー。
昨日はウチで、私が焼いたケーキを一緒に食べて、プレゼントを渡した、ということだけ話した。
そうだ、青木くんが帰って間もなくお父さんが帰宅して、階段の上り口のところで会ったってメールにあったんだった。
「これから、創来るんでしょ?」
「あ、うん……」
「あたし居たらアイツいい顔しないでしょ。だから先に帰るわ。また会えるといいわね」
「じゃ、携帯番号とメアド……」
「時間がないわ、また次回ね」
コンビニ前の交差点で信号待ちをしている青木くんの姿を見つけていた伊吹はシティサイクル型の自転車に乗り、自宅方面へと走り去った。出だしから変速は3のままで。すごい脚力。
そして入れ違いで青木くんがやってくる。
「いま、桜井いなかった?」
「うん、居たけど帰っちゃった」
「俺どこまで嫌われてんの?」
「さぁ、実はそこまで嫌われてないと思うけど?」
「あれだけ避けられてそれはない」
と青木くんは言うけど、伊吹は青木くんのことよく見てるみたいよ。浮かれてるって分かるぐらいに。でもきっとイヤな顔するだろうからそれは言わないでおく。
私は再びコンビニ店内へ。ようやく飲み物をお買い上げ。今日は暖かいミルクティーにしてみた。寒くはないけど喉が渇くほど暑くもないので、冷たい飲み物を五〇〇ミリリットルはまだキツい。
青木くんはおにぎりと冷たいお茶だ。
「昨日、ほんともう少し遅かったらと思うと恐ろしくてな」
「うん、さすがのお父さんもびっくりだと思うよ」
「こういう場合、どう挨拶すべきなんだろうな」
「娘さんとお付き合いさせていただいております?」
「それな、母親相手だともうちょっと風当り違うと思うんだけど、いきなりラスボだよ?」
「わかるそれ」
お互いに母親不在につき、保護者イコール父親が出てくるだけに、家に行き来するとしても出会う親が父親とかハードルどれだけ高いの? って話。
お父さんと日常会話の中で「好きな人とかいないのか?」とか言われてもなんだかイヤだし。まぁないけど。そういう部分ってやっぱ母親が担当なのかな? いないからわからないけど。
「でも、いつまでも黙ってたら付き合いづらいところもあるし、もし偶然、一緒にいる所を目撃でもされたら、とか考えてしまう」
「うん、前にもギリギリ帰宅してきたときもあったし」
「二回目じゃん、昨日で」
「遭遇するのは時間の問題か。でもやっぱりそういう話って自分から親にはしたくないよな……」
「じゃ、バレたらワタワタと弁解しよう」
「うん、その時怒られるなら怒られよう」
男女交際、親への報告義務は一体……。なるようにしかならない、ということで。
昨日のこともあるので、さすがにウチに呼ぶなんてことはせず、コンビニ前……というか店の裏側で少々長話をしてからその日は別れることになった。
「テスト勉強、ちゃんとしてる?」
「あー、提出物だけなー」
「ダメだよ、ちゃんとやらないと。義務教育と違って留年だってするんだから」
「まぁ……分かってはいるけどさ……」
「大丈夫よ。青木くんはやればできるタイプだから」
手を振って、自転車を漕ぎだす。
そう、目標さえあれば、ちゃんとそれに向かってがんばれる人だから。
でも、サッカー続けるために入った高校――中学の頃の目標は達成した今、青木くんの次の目標は何?
私は、変わらず看護師になること。自分にちゃんとできるのか不安はあるけど、やってみないうちから諦めない。あなたにそう自分のやり方を示したから。
□□□
「あー、つばさんのお弁当、いつもおいしそー、いいなぁー」
突然ですが、学校で昼食の時間です。
なにやら『つばささん』と呼ぶと『さ』が二回で言いにくいとのことから、『つばさん』と呼ぶ友達もいる。短髪長身で中学時代はバレー部に所属していたという市外の中学校出身の志乃ちゃんだ。
一応、食堂もある高校ではあるけど、私は少しでも節約しようと毎日前日の夕飯を少し取り置いて作ったお弁当。朝から全部作ってたらたぶんかなり手抜きになってるだろうけど、夕飯はわりと時間かけて作れるので弁当の見た目は抜群にいい、しかし前日と同じおかずを食べなければならないだけに、楽しみは半分。夕飯の段階で明日の昼食にでも食べたいものにしなくてはいけないハードルの高さ……とか言いつつ、自分が食べたいと思ったものを作っているだけ。
「つばさんちの子になりたいー。毎日おいしいもの食べたいー」
「やだな、大袈裟だよぅ。でも良かったらおかずどうぞ」
「やったー! からあげいただきまーす」
かわりに友達のお弁当からおかずをひとつもらった。ハンバーグ、冷えてるのに柔らかい。
みんなのお弁当のサイズも様々で、運動部に所属している子は男子か! ってぐらいの大きさだったり、足りるの? って思うぐらい小さいサイズの子もいる。私は……よくある女性用な二段弁当、少々縦長で細め。
そういえば、青木くんは毎日、朝コンビニでお弁当買ってお昼食べてるんだっけ?
何か不憫だな……って思っちゃダメか。作ってあげ……るのはちょっとおせっかいすぎるか。毎日弁当は買ってるだけに、材料代とか気にしてお金払ってくれそうだ。だったら週一ならいいかな? でも朝は会わないし、渡すタイミングもない。結局無理か……でも作ってあげたいなぁ、せっかく料理は得意なのに。部活もしてないから時間は……あ。
「そうか、夕飯に作ってあげたらいいんだ」
と、うっかり声に出してしまい、何のことだと追求されまくるのであった。
「いやぁ、あのぅ、カレシさんに、お弁当作りたいなぁ、と」
「つばさんいつの間に!!」
「どこで出会ったの?」
その後も質問攻めで。
「出会いはいずこー!」
「共学じゃないから、校内はまずないな」
「わたし、つばさんなら付き合ってもよかったのに」
おいおい。
まだまだ若いんですよ、女子高生ですよ。出会いなんでどこかにありますよ。それこそ突然、中学時代の同級生とか……片恋してた人とか。
――今日は、夕飯用のお弁当を買わないでウチに寄ってください。
と青木くんにメールを送信し、夕飯兼お弁当作りに取り掛かる。
昨日は鶏のから揚げで、今日の昼食弁当だったので、夕飯はハンバーグにすることにした。しかしこやつ、冷めると油が固まって白くなりおるのじゃ。それが困ってる点。作りたてならジューシーなんだけど、お弁当に入れると固い、油、白い。まだ、真冬じゃないだけましな方なんだけど。
お弁当用の小さめのハンバーグ。明日の自分用にも作って、青木くんに渡すお弁当には多めに詰める。食べ盛りだろうから。
肉ばかりじゃなく野菜も入れて、黄色はやっぱり卵で。定番のウインナーはちょっと手を入れてかにさんウインナー。
何だかとても楽しい、食べてくれる人のことを考えて作るお弁当。
ごはん、今日はとりあえず白ご飯に黒ごま、梅干しでコンビニ風。
粗熱がとれる前に青木くんはやってきて、まだ温かいお弁当を渡した。
「さすがに毎日だと青木くんが気を遣うでしょ? だから、たまに作らせてね」
本当は毎日でも作ってあげたいところなんだけどね、と付け足す。
「ありがとう、すっごい嬉しい」
照れ混じりの笑顔を浮かべ、お弁当をあったかいって抱きしめてる。
今日は長居せず青木くんは帰っていった。
さて、明日から中間考査が始まるので勉強もしとかなければ!
テストが終われば、また青木くんは部活が始まるから会えなくなっちゃうな……。
□□□
三年生が最後の試合になるかもと聞いて、友達と一緒に見に行ったサッカー部の試合、準決勝戦。
背番号4の青木くんはゴールに近いポジションだった
対戦相手は市内の中学校――通称『西中』と呼ばれる、最近になってサッカーが強いと言われるようになったという学校だった。
試合時間は25分ハーフとかなんとかよくわからないんだけど、フィールドの中では選手たちが走り、ボールを追っている。
「この試合に勝ったら、県体出れるんだって」
そこそこ詳しそうな友達がそう説明してくれる。ケンタイ? 県内の各市の代表戦らしい。それこそ文化部でスポーツに疎い私にはさっぱり分からない。
しかし、その一勝への壁は分厚く、ずっと攻め込まれている。中でも西中8番がやたらと青木くんとぶつかっていたし、3点も奪って行った。
「ハットトリックだ……」
「はっと、りっく……ん?」
聞きなれない専門用語。
「試合の中で一人が3点とるやつ。これは……相手が悪すぎる」
友達が言った通り、その試合は8番を中心に攻め込まれっぱなしで、結局1点も取れずに一時間ぐらいの試合は終了した。
中学最後の試合……県体への夢は絶たれ、三年は引退する。
試合終了を知らせるホイッスルと同時に崩れた選手たちの姿は、見ていて辛かった。
せっかく、高校でもサッカーやるって勉強頑張ってたのに、サッカーがイヤになったりしないかな?
心配無用だった。
「それとこれとは話が別。勝つチームがあれば負けるチームもあるし、負けたらまた頑張ろうって思うし……まぁ、次は高校だな」
とても前向きで、安心した。
負けたからって諦めてたら、いつまでも成長できないもんね。
彼はずっと、成長し続けている。あの日から、目まぐるしく。
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