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かつてネット小説書いてた人のリハビリ場所

  13☆つばさ


「……ほんっとによぉぉぉく考えてから来て。ほいほい気軽に来ないで。むしろ、そこそこそれなりの覚悟とかしてから、来る気があるなら来て。まぁどうなるか分からないけど、万が一ってこともあるからどうとも言えないし。いや、来てほしくないなら誘わないよ。そりゃ来てほしいけど、なんというか、健全に過ごせる自信はないし、だから、そういうことで……」


 覚悟とは……。
 少女マンガであるそういう場面は、あれよあれよで意外とすんなりで……。
 友達の話によれば、痛くて苦痛という人もいれば、別に言うほどでもないって人もいて、結局は人それぞれだよって言われる。

「相手が自分をどう思ってるか、分かるよ」

 ドリームタウンにあるドーナツ店にて、クラスメイトの一人穂積さんに呼び出された私は店の隅のテーブルでそういう話をしていた。
 メールでちょっと聞く程度のつもりだったんだけど、直接話した方が早いって。
 穂積南那(ほずみ なな)――同じ看護科一年。クラスの中でも落ち着いた大人女子。相談は彼女に持ちかけるといいアドバイスをもらえるとなぜか評判であり、私もこのたび相談を持ちかけた側。

「自分のやりたいようにがつがつやっちゃう男はダメ。女のことを考えてない」
「……へぇ」
「あと、やたら気持ちいい? とか聞いてくるやつ、気持ち悪い。下手なのよ、そういうのに限って」
「……ふぅん」

 返事はするけど、ピンとこない。
 青木くんは私を大事にしてくれてると思うんだけどなぁ。優しいし……泊まりに行く話だって、自分の欲のためだったらあんなに注意してこないだろうし、ちゃんと考えてくれてるからこそあんな言い方して私にも考える時間をくれたと思うし。

「少女マンガみたいにはいかないから。あの知識は役に立たないよ」
「左様ですか」

 そういうシーンがちらっとあるだけのマンガで勉強してたつもりになってた。

「ウィキ読んだ方がよっぽどいいよ」
「ネットの百科事典だっけ?」
「そうそう。あっちの方がよっぽど分かりやすく書いてあるから」
「何て調べるの?」
「……好きに調べなさいよそんなの。まぁ、局部にモザイクないから気を付けて」
「え!?」
「ある意味、男が好むAVやエロ本よりいい教材かもね。雑念が含まれてない分、勉強になるんじゃないかな?」

 その後も彼女の体験談なのか、目がテンになるような話がぱんぱかぱんぱか。
 穂積さんがドーナツと飲み物を追加でおごってくれ、更に愚痴(?)は続いた。
 何か、男の人に恨みでもあるんだろうか……。

「言ってなかったかな、わたし高校受けなおしたからあなたより一つ年齢は上なの」
「だから人生経験豊富なんだね」
「……バカにしてるの?」
「そういう意味ではなくて……」
「天然なのね」
「誰が?」
「あなたが」
「……たまに言われる」
「クラスでもよく言われてるじゃない」
「うう……。でも、高校受けなおすってすごい決断だね」
「……去年、タニジョの看護科落ちて、とりあえず別に受けて合格してた学校に行ってたけど、看護師までの道のりは遠くなるし、勉強にも身が入らなくて、このままじゃダメだって気付いたの。だから学校やめて、一年勉強して……合格できた時はすごく嬉しかった。その分、入学金が制服がって親に小言は言われたけどね」

 そして、諦めなくてよかった、とつぶやく。

「ああごめんなさい、話がそれたわね。羽山さんのカレシがどんな人かは分からないけど……いい初体験になるといいわね」

 と、柔らかく微笑んだ。
 一年長く生きてるだけでこんなに落ち着きがあるんだ……。
 きっと、あれだけのことを言ったのだから、男性経験も豊富なはずだ。人は外見では分からない。

「こちらこそ、一人で考えててもどうしようもなかったから助かりました」
「でも……初体験の相談はあなたが初めてよ」

 これはどう捉えるべきか……。
 そして、穂積さんと別れて信号待ちしていると、メールを受信した。
 青木くんかな? なんて期待しつつ携帯を開くけど、残念ながら送信相手は穂積さんだった。

 ――いい下着ぐらいつけときなさいって言い忘れてたわ。

 そこまで考えてなかった、ありがとう穂積さん!
 返事を打つ前にまた次を受信。

 ――セクシーなやつじゃなくて、自分に似合う、相応なやつよ。あなたにはセクシーはまだ早いから。

 うーん、ズバズバくるね。まぁその通りだと思います。
 ありがとう。これから見に行ってみる。と返信して、渡りそびれた信号を再び待ち、帰り道の途中にあるファッションセンターにでも寄ることにした。

 やはり上下セットだよね。
 夏らしくスカイブルーとか。
 洋服までわざわざいいかな。
 おお、ふかふかのクッション、欲しい。
 お布団……きゃぁ!

 違う違う、通路沿いに歩いていたら脱線してしまった。とりあえず下着だってば。
 サイズをしっかりチェック。B75……。そこから選ぶ。
 黒いツルツルとかヒョウ柄とかどうも視界に入るけど、自分にはとても似合わない。むしろ驚かれそう。
 ――つばさ、やる気満々じゃん。
 違う、断じて違う!
 ふわっとして、かわいいやつ、脱がされ……、ひやぁぁぁ。

 女性下着売り場で、妄想と葛藤してたのは私です。



 駅方面に出ていたので、途中で青木くんに会ったりしないかなーなんて少し期待してたけど、会うはずもなく……帰宅したらもう午後二時。遅い昼食を取るところだけどドーナツを食べたせいで別に欲しくはない……。
 買ってきた下着のタグを切って、お泊りに持って行くものをまとめる。
 寝間着よりハーフパンツとTシャツぐらいでいいかしら? それじゃ雰囲気台無し? いっそ持って行かなくても大丈夫かも?
 いや、夜とは限らないかもだし……。
 って、何を考えてるんだ私は!
 着替え、とにかく着替えだ! タオルにトラベルセット! 詰めるバッグは修学旅行に使ったっきり押入れの肥やしになっているスポーツバッグで。
 ……待って、こんな大荷物で土曜、お父さんに何て言って出たらいいだろ?
 ドキワク気分をぶっ飛ばす、最大の難関が立ちはだかった。

 ――素直にカレシのところに泊まりに行くと言う。
 ――女友達のところに行くと口裏合わせをしてまでウソをつく。

 後者はバレるとすごい問題に発展するやつだ。
 こういうとき、お母さんがいたらって感じなのかな? 同じ女の視点でアドバイスくれたりするのかな?
 女性特有のアレになったときはまだおばあちゃんがいたから、お父さんに言ってどうこうなんてなかったし……むしろお父さんしかいなかったらどうなってたんだろうか。
 ……やっぱり同性親の方が話しやすいってこともあるよぅ。
 部屋の真ん中にかぜかうずくまってそんなことを考えていた。ずいぶん脱線したものだ。
 当日は臨機応変に対応せよ、という指示を土曜日の私へ。

 父帰宅前に青木くんに電話してみた。

「あのさ、土曜のことなんだけど、お父さんがダメって言ったらごめんね。振り切ってまで行ける自信はないから、入り口一つしかないし、二階だし」
「言わなかったら来る気なの? 期待させないでよ!」

 それ、喜んでるの? 怒ってるの?
 いや、一階だったら脱走してでも行くつもりなの私。

 そして、夕飯中に受信したメールを、食事を終えてから確認すると、穂積さんからだ。

 ――避妊も忘れないで。一番肝心なこと忘れてたわ。

 一瞬、頭の中が真っ白になる。
 それは、その、アレですよね。一般的に、こう、かぶせる……、やつ。

 ――買ってきて……( ;∀;)
『送信』

 ――アホか、男に頼め( `―´)ノ

 ああ、穂積さんでも顔文字使うんだ……かわいい。
 そこか。

 ――避妊具、オネァシヤス(*ノωノ)

 なんて青木くんに送信、できるかぁぁあああいいい!!!
 ぐすっ、ぐすんぐすん。
 何でこんな、辱めに遭ってるの?
 ……考えるより食器片づけよう。ホント、何やってんだろう。



 そして三日なんてあっという間に過ぎ、土曜日はお父さんが休みで自宅にいた。
 用もないのに出かけるタイプではないので、ダイニングでどっしり、テレビを見ているだけ。
 昼食も一緒に食べた。今日は手軽にそうめん。
 食事中もどう切り出そうか様子を窺いつつ。気付けばそうめんが空になってたぐらい、そのことばかり考えていて、食べた感じがしない。
 でも、言わないと出るに出れないし、ダメならダメでそう連絡もしないと……。

「あ、あのさ、お父さん!」

 力みすぎて声が裏返る。これじゃ怪しいだけだよ!!
 お父さんも何か変な顔で私を見ている。

「……夏休み、友達とどっか行く約束でもして金でも必要なのか?」
「いや、そうじゃなくて……」

 私はアホか! そのままそういう話の流れにしてしまえば良かったのに、こういうところでウソつけない正直者です。
 というか、鋭いところ突かれてるような、ギリギリで突き刺されてる危機感というか。

「今日、泊まりに来ないかって言われてて……いいかな?」
「友達に?」
「ああ、うん、学校の……」

 ここでお父さんが真剣な表情で私をまっすぐ見つめる。
 窺われているのは私? 試されてる?
 もし後でバレたら、つきあってること許してもらえなくなるかもしれない。二度と会えなくされるかもしれない。
 そんなことになるぐらいなら、今日のためについたウソでこの先の幸せを失うぐらいなら、楽しみにしてたけど、泊まりに行くなって言われる方がずっとマシだ。
 私は首を横に振った。父の目が怖くて見れなくて、少し視線を下げた。

「違う、お付き合いしてる男の子で……」
「いつかの忘れ物のやつか」

 忘れ物……お父さんがお風呂に入ってる間に会った時の言い訳だ。

「うん……もしかして前から気付いてたの?」
「なんとなく。何度か高校生ぐらいの子とこの辺りですれ違った気もする」

 そんなにもニアミスが……。

「中央高校蹴球部」
「なぜそれを!!」
「背中に書いてあったのを見た」

 いや私、そんな反応をした時点で認めたも同然なんだけど。

「そういえば、甲子園が中央だったな」
「インターハイのサッカーもだよ」

 ついウンチク。しまった、うまく誘導されてる? お父さんもうまく話をはぐらかしたかったのかな?
 よくドラマでもあるよね、お父さんにとって、娘につきまとう男は敵みたいなのが。やっぱりそういうのかな?
 話はそれてしまって、まだ泊まりに行っていいかの答えは聞いてない。

「ダメなら行かないよ」
「どんなヤツか知らない人のところに泊まりに行かせるわけないだろう」
「うう!!」

 やはりダメか。

「どこの、なにくん?」
「……中央高校の青木くんです。中学の同級生。六月にお父さんが出張に行ってた時、熱出してフラフラだった私を助けてくれたんだよ」

 青木くんのいい所、思い出、いっぱいあるけど、お父さんを説得する材料にはしたくなかった。私の大事な思い出だから、二人だけの共通の思い出は浸食されたくない。

「……そうか。今度、昼食か夕食に呼んだらどうだ?」
「え?」
「夕飯ぐらい自分で作れるから大丈夫だ。迷惑を掛けないようにな」
「……うん、ありがとう」

 ちょっと寂しげな表情のお父さんは、遠回しに泊まりに行くことを許可してくれた。
 そういえば、二人きりとは言ってなかった。絶対ダメって言いなおすだろうなぁ。

 ……楽しみにしてた? いや、違う、そういう意味では!

 許可が出たなら自宅に長居は無用。
 やっぱり気分が変わったとかだと困るからさっさと家を出よう。

「行ってきます!」
「ああ、気をつけてな」

 父の顔を見ることなく、荷物を持ってダッシュで家を飛び出した。
 駐輪場で青木くんに電話……部活はたぶん終わってるはず。住んでいる団地はなんとなく分かるけど、

「家の場所、分からないんだけど」
「ああそうだね。今どこ?」
「まだアパートの前だけど」
「じゃ、中学校の正門のとこで待ってて、迎えに行くから」

 待ち合わせ場所決定。コンビニから青木くんが帰る方向の道をおよそ一キロ行ったところにある我が母校。半年前はまだそこに通っていたのに、もうずいぶん昔のように感じる。
 正門前で待つこと数分、青木くんは自宅方向からやってきた。自転車のカゴにスポーツバッグ、恰好は部活のハーフパンツとスポーツウェア……それこそ背中に中央高校蹴球部と書かれているアレだ。

「もしかして帰る途中で、わざわざ戻ってきてくれたの?」
「んー、でもまだ家にはついてなかったから大丈夫」

 中学校から青木くんち方面は道幅が1.5車線程度で歩道もろくにない車通りの少ない道。狭いので並走はせず、後ろをついて走る。
 道なりに五分ほど走ると小学校があり、そのうち脇道に入ってどこか分からなくなる。ため池があったり、田んぼがあったり。ちょっと広い道に合流し更に走ること数分。山側の小高い場所に団地が見えてきた。
 その団地の上の方の真ん中あたりに青木くんの家、斜め前に伊吹の家があった。
 二階建ての一戸建て住宅。物心ついた頃からずっとアパート暮らしの私は、一戸建ての友達の家が羨ましいし、遊びに行くのが楽しみだった。
 今日もそのわくわくが数年ぶりにこみ上げてくる。
 ウチの鉄ドアとは全然違うおしゃれな玄関ドアが開かれる。

「どうぞ……一応掃除は頑張ったけど……何で目輝いてんの?」
「突撃! おうち拝見」

 はっと我に返る。
 しまった、青木くんが変な顔で私を見ている。

「ちが、いや、一戸建て珍しいというか、ひとんち好きっていうのか、そんな感じで」
「……ウチは住宅展示場じゃないよ」
「ああ、住宅展示場パラダイス!」

 間取り図大好き。あれを見ながら家具配置考えるの大好き。
 おかげでますます変な顔をされた。

「おじゃまします」

 廊下からまっすぐにある部屋に青木くんが入ったのでそれについていく。ここはリビングかダイニングか。座卓とテレビもある。

「座ってて、お茶入れるから」
「いえいえおかまいなく……あ!」
「あ?」
「夕飯作るって言ったのに買い物忘れた!」
「後で行けばいいじゃん」
「そうだねー。ありがとう」

 グラスに注がれたお茶を受け取る。

「何食べたい?」
「あー、んー……」

 と窓を開けながら考えているのかと思ったら、急に俯いてこめかみを押さえていた。

「……違うもん想像した」
「夕飯だよぅ」
「分かってるって。……えー、からあげトンカツ、揚げ物って面倒だっけ?」
「揚げ物用の鍋ある?」
「……分かんない」
「だったらカレーにする?」
「ああ、それがいい」

 家で作るカレーなんて何年振りだ? なんて嬉しそうに頬を緩めている。

「米買わないと!」
「何合食べるの?」
「え……3……いや、4? わかんない」
「どのぐらいのお皿、何杯?」
「このぐらいなら大森三杯とか余裕で……」

 4か5合だよぅ。一人でウチの倍。
 明日の朝食、昼食も決めて買い物メモを作成。三時頃に買い物へ行こうという予定で、青木邸見学会。
 ダイニングから廊下に出て、洗面お風呂とトイレのドア。反対側に一部屋あるけどお父さんの部屋らしい。階段を上がるとドアが二つ。片方が青木くんの部屋。お泊りセットのバッグはここに置かせてもらう。
 六畳ぐらいの部屋に小学校入学の時からどっしり構えているであろう学習机。収容量オーバーした本棚。足が折りたためる小さいテーブル。布団、今は畳んであるけど床に直敷きっぽいので部屋は広く見える。
 ……さて、ここに踏み込むのは少々早かったでしょうか。会話がなくなった。時間はまだ二時にもなっていないのに。一時間は時間つぶししないといけないのにもうこの沈黙。
 何か、話題を!! そうだ。

「二階の、もうひとつの部屋は?」

 なぜか声が上ずった。極度の緊張のせいだ。

「あー、今は何もないよ」

 これ、聞いちゃいけなかったやつかも、と後悔した。たぶん、弟さんの部屋だったとしか思えない。
 窓からぬるい風が通る。

「西日がすごく暑いんだ、この部屋」
「うん」
「隣の部屋は朝っぱらから暑い」
「東側だもんね」
「暑かったらエアコンつけるよ」
「大丈夫、ウチでもそんなにエアコン使ってないから、このぐらいは平気」
「……とりあえず、座ろうか」
「そうだね」

 なぜか突っ立ったままだし、ぎこちない会話が続く。
 壁を背に並んで座ってもなぜか妙に離れている。とにかく何か、話すこと……そうだ。切り出そうと思ったら先に青木くんが話しかけてきた。

「何て言って出て来たの?」
「友達のところって言うつもりが、お父さんに見透かされてしまって、正直に話してきました」
「……マジか。よく許可されたな」
「うん、内容は詳しく話さなかったので。あと、今度うちに昼食か夕飯食べに来いだって」
「え?」
「あと、何回かニアミスしてるってお父さん言ってたし、中央のサッカー部って知ってた」
「ウソっ! 一回しかすれ違ってないと思ってたのに……。これは菓子折り持ってご挨拶行くべき?」
「そこまでしなくていいと思うよ。だからまた日にち決めようね」
「あまり気が進まないなぁ……休み中がいい?」

 話がうまく弾んだ気がしたので、距離を詰めてみる。ギリギリ触れ合わないぐらい。目を合わせるにはちょっと近すぎるかな、顔を向けてみる。
 青木くんは視線に気付いて私を見るけど、すぐ逸らして天を仰ぎ、床に目を落とす。緊張しているのか落ち着きない。

「やっぱり、緊張しちゃうね」
「ああ、うん」

 外ならこんなことにはならないのに、何で室内の二人きりってこんな雰囲気になっちゃうんだろう。お互いを意識するから? 今日が特別だから?
 でもただ黙ってるだけだとせっかくの時間がもったいない。だから体をそっと青木くんに預けた。すると手を重ねてくれて、頭を私の方に寄せてくる。

 そのうち、キスに夢中になって、押し倒されていた。
 暑さのせいか、酸欠のせいか、それとも青木くんに酔っているのか……頭がクラクラする。

「買い物行ったらアイス買おう……」
「う……ん、冷やさないと煮えちゃうね……」

 頭の中が、オーバーヒート寸前。



 少々乱れてしまった着衣を整え、三時を過ぎて一緒にスーパーへお買い物。ところが、ここから一番近いスーパーが、先日も私が買い物したいつも行くスーパーだとか。

「昔あったけどさ、何年か前に潰れた」

 なんということでしょう、青木くんの住む地区にはスーパーすらないじゃありませんか!

「不便だね」
「慣れた」

 まぁ、人は環境に順応していきますよね。
 外の陽はまだ高く、肌をじわじわ焼いて暑い。十五分近く掛かってスーパーに到着、その暑さから逃れる。店内は心地よい涼しさ。
 メモしてきた通りに材料などをカゴに入れていく。あとアイス。
 お米はとりあえず5キロ。

「お米、今度はちゃんと炊いて食べてね。次行ってまだあったら怒るよ」
「んー。結構めんどい」
「私覚えてるよ、ご飯炊くぐらいならできるって言ってたの」
「……ああ、忘れてた。一応できるにはできるんだけど」
「じゃ、今日は頼んじゃおうかなー」

 と言うと、何かイヤな顔してるし。
 忙しいのは分かるけど、少しは料理した方がいいと思うんだけどなぁ……。料理男子、私はカッコイイと思う。

「じゃ、今日は私だけが作るんじゃなくて、一緒に作ろうね」
「ええ?」
「イヤそうな顔しない。初めての共同作業だよ!」
「……何か違う意味で聞こえる」
「ケーキ入刀じゃないよぅ!!」
「ジャガイモ入刀?」
「効率悪いだけだよぅ」

 何を考えているのだ、ホントに。私が変なこと言っちゃったかなぁ……。発言や行動には気を付けてるつもりなのに、どこかで墓穴掘ってる。もう棒アイスは男の人の前では食べないよ!
 レジを通過するときにエコバッグを忘れたことに気付き、レジ袋を購入するハメに……まぁ、父から逃げるように出て来ただけに、仕方がないと思う。
 この気温でアイスが溶けそうなので帰宅は素早く。
 家に入ると日差しがない分涼しいかと思えば、ムシっとした空気。冷凍庫に少々柔らかくなってしまったアイスをまず入れて、気温の関係で痛むといけない牛肉も一旦冷蔵庫へ。夕飯の支度を始める。

「もう作るの?」

 早いんじゃないかとでも言いたげな青木くん。

「カレーは煮込む時間が掛かるからね。それにお米も水をしっかり吸わせた方がおいしく炊けるんだよ」
「さすが主婦……」
「この歳にしては長いよ!」

 腰に手を当て胸を張る! 家庭環境が故、なのにえらそう?

「もっとしっかり研いでよ」
「ええ? いいじゃん」
「おいしく炊くには研ぎ方も大事!」
「さっき水をたっぷりって……」
「それもこれも大事!」

「ニンジン小さくしといて」
「え?」
「食べれるけど味好きじゃない」
「ワガママだなぁ」

 鍋を見張ってコンロの前に立ってたら、汗だくになっていた。横からその汗を拭ってくれるタオルは……青木くんち名物のごわごわタオルだ。ゴボウが剥ける。

「料理も大変だな」
「うん、でも手間をかけた方がおいしいし、私は好きだよ」
「だろうね。好きじゃないとここまでできない」
「食べないと生きていけないからって、最初は必死だったよ。失敗だって数えきれないほどしたし、そこから学んだことだってあった。おいしいって言ってもらえたら、また頑張ろうって思える」
「そうだね。カレー、思ってたより簡単なんだな」
「でしょ? 今度お父さんにも作ってあげたら? 月に一度でもさ……」
「ああ、いいかもねそれ」

 そして、早めに夕飯を取って、食器を片づけている間に青木くんがお風呂の準備をしてくれた。

「先に入っていいよ」

 ということで、青木くんの部屋に着替えなどを取りに行き、緊張しつつ入る。
 ごく普通のユニットバス、アパートのウチより当然広い、いつもは体育座りで入ってる湯船で足が伸ばせる! と少々感動。
 今日もけっこう汗をかいてしまったので念入りに体を洗い、頭も洗う。
 せっかく足が伸ばせる広い湯船に浸かっているのに、やっぱりいつも通りの体育座りしている。頭の中ではごちゃごちゃと想像のつかないことの妄想。
 どんな顔をしてお風呂から上がったらいいんだろう?
 そこまで考え込んでたら、すごく長い時間お風呂にいるのではないかと気付く。時計はないから時間の感覚がよく分からない。
 ここで溺れてるんじゃないかと様子を見にでもきたら……きゃぁぁ!!
 素早く上がる、身体拭く、服を着る、髪を乾かす。
 ハーフパンツにTシャツはいくらなんでもひどいかと思い、夏に愛用している寝間着にしました。白地に青いドットの入ったフワフワでフリフリな感じで、下はズボンで膝下丈。

 ダイニングに戻ると、青木くんはテレビを見ている。
 甲子園のことがちょうどニュースで流れていた。

「そういえば、今日からだったね」
「んー」
「やっぱ、甲子園に憧れてた時期ってあったの?」
「いや、どっちかって言うと、伊吹から甲子園連れてってくれるんでしょ? みたいなこと言われてただけで、あまりピンとこなかったな」
「ふーん。その伊吹さんも今は甲子園ですか……」
「泣いてるかもな、感動のあまり」

 泣くようなタイプには見えないけど。

「さっき携帯鳴ってた、たぶんメール?」

 ダイニングの座卓に置いたままの携帯を見ると、メールを受信していた。しかも、今話題にしていた伊吹だ。

 ――甲子園カンドー!!マジ号泣!

 と球場をバックにした伊吹が写ってる写真も添えられていた。その顔から察すると、本当に泣いてたらしく手にタオルが握られていて目が真っ赤だ。その写真を青木くんにも見せた。

「号泣したみたい、伊吹」
「ほら泣いただろ」

 次は青木くんがお風呂へ行き、私は一人テレビの守り……なんだけど、刻一刻と迫っていると思うと一人なのに緊張してきた。

 とととと、とりあえず伊吹に返信しておかねば、後で返事がないってメールが大量に送られてくる。
 それは時間も場所も選んでくれないので、気分が削がれたりとか、冷めたりしたらあれだしあの、その、いや、だから……。

 ――おめでとー伊吹。試合頑張ってね? 『送信』

 試合に出るのは伊吹ではなく部員さんだと分かっているけど、書くことがとっさに浮かばなかったので変なことになってしまってるが、送信後は速やかに電源をオフにすることにした。

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椿瀬誠
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性別:
非公開
職業:
創作屋(リハビリ中)
趣味:
駄文、らくがき、ゲーム
自己紹介:
元々はヘンタイ一次創作野郎です。
絵とか文章とか書きます。
二次もどっぷりはまってしまったときにはやらかします。
なので、(自称)ハイブリッド創作野郎なのです。
しかし近年、スマホMMOにドップリしてしまって創作意欲が湧きません。
ゲームなんかやめてしまえ!

X(ついった)にはよくいますが、ゲーム専用垢になってしまいました。
@M_tsubase

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