かつてネット小説書いてた人のリハビリ場所
8★そう
急いで帰宅して広げたお弁当はまだ温かかった。
いつも、ただ食べて空腹を満たすだけの食事をしているけど、味わってゆっくりと食す。みるみる空になっていく弁当がもったいなくて一度手を止めた。
食べ終わるのがもったいない、ずっと食べていたい、なんておかしな感情。
最後の一口を口に入れ、いつもならほぼ丸のみのくせにゆっくり租借、飲み込んだ。
弁当は当然、空になった。
こんなおいしいものを食べてしまったら、明日から俺は何を食べればいいんだ。
腹は八分どころか七分に満たない程度なのに、十分であった。いっぱいなのは腹ではなく心というか満足感。
自分の為に作ってくれたご飯がこんなにも満たされるものだったなんて、初めて気付いた。母さんが居た頃は……家族のためにご飯を作ったり家事をしてくれるのが普通で、それが当たり前すぎて、全然気付かなかった。
いつもなら弁当ガラの片づけは次に立つ時にしてひっくり返るところだが、今日は空にした弁当箱を流しへ持って行き、すぐに洗う。丁寧に洗って、ちゃんと汚れが落ちてるか入念にチェックしてから乾いたコップが放置されたままの乾燥機へ入れて電源スイッチを押す。
乾いたらすぐに回収して明日には返せるように。父に何か言われても面倒だし……いや、あの人なら何も聞かずに弁当箱を別用途で使う気もするので。例えばちょっと水道水を飲むために器だのプラスチック密閉容器だの、水が入るのなら適当に手の届く場所にある何でも使う。あれはわりと迷惑だ。
せっかく洗って乾燥機に入れていた水筒が朝になったらシンクに転がってるからまた洗ってからお茶を入れたり、そういえば鮭フレークの入ってた瓶もいつまで経っても水が切れなくて捨てられない。あれもコップ替わりにされてたのか。
そう考えると父はかなり無神経でズボラだな。母さんが出ていきたくなる理由も今なら分かるかも。離婚に至った本当の理由なんて結局知らないままだけど。
置いて行かれた身、どうにかうまくやっていかねばならない。父さんに食事代や学費など出してもらって、部活もやらせてもらってるんだから、感謝しろなんて言われたらひれ伏すしかない。まぁ、ウチの親父はそういうタイプではないけど。
……さっさと自立しないとな。高校卒業後はとりあえず就職だ。まだなりたいものはないけど、今は高校の三年間を全力でサッカーに捧げるのみ。
さて、本日は中間考査初日。高校では一日二教科のテストがダラダラと四日間にもわたって行われる。中学の頃は中間五教科が一日、期末九教科で二日開催だっただけに、学校が早く終わってラッキーなような、しかし部活はないから残念なような。
テストの出来具合は……良くも悪くもない感じではあったが、ろくにテスト勉強もしてないし、英語のリスニングはさっぱり分からず適当な回答すら書けなかった。とりあえず半分取れてたら儲けもんってぐらい。これは羽山にバレたら怒られるだろうな、黙っとこう。
テスト最終日に待ちに待った部活解禁。テスト前の一週間、テスト開催期間の三日という部活停止期間で体力は結構落ちてるもので、走るとキツかったりするんだが、通学距離が中学時代の三倍以上なだけに、通学だけで脚力は毎日鍛えられてたようでランニングは余裕だったものの、上半身はすぐに悲鳴を上げた。腕立てとか懸垂とか全然回数がこなせない。
グローブが手に馴染まずちょっとゴワゴワする感じがするが、そのうち慣れてくるだろう。
――スパーン!
頭のすぐ横当たるスレスレぐらいでボールが飛んでくる。
「さて、インハイまでには使えるようになってもらうからな、青木」
ひょえぇぇぇ!!!
元フィールドプレイヤーなんだから、そんな高校から急にキーパーに転身した程度で全国レベルに達せなんて無茶な話だ。
またリンチみたいなドッジボール的なあれが始まるのか?
と思ったら、なぜかキャプテンに体育館へ連れて行かれた。そこでは反面を男子バレー部が練習をしていて、もう半分は男子バスケ部だ。
もしや、強制転部? なぜに。そして、キャプテンと話を始めたのは一人の先輩バレー部員。
「ちょっとコイツにアタックっつーの? 何かこう、パーンって打ち落とすボールどんどんぶつけてやってくれないか?」
どういうことやねん!
「で、青木は全部それ、拾って」
「はい!?」
「後ろはゴールだと思って、本気でやれ」
「ええ!?」
「キャッチしてもよし、パンチングでも何でも弾いてよし。別にバレーやれって言ってんじゃないから。じゃ、コッチはこっちで練習するから」
「ちょっとボールは柔らかいかもしれんが、本気でやらせてもらうぞ」
バレー部の皆さんの目つきが、なぜかギラギラだ。そういえば先日の大会、一回戦惨敗ってウワサが……。
そうだよね、これから全国に向けた練習に入るのに、育成中の次期(たぶん)キーパー程度の俺にリンチドッジなんてしてる暇なんてないですよね。
「……よ、よろしくお願いします」
確かにボールは柔らかくてサッカーボールより軽い感じ。蹴られたり突進してくる心配はないのでひたすらボールに集中できたけど、これ練習になってるの? 実際にゴール前にいたら人は突っ込んでくるし、一人が打ちに来るわけでもない。連携、フリーの選手、チームメイトの位置、シュートコース……実際には考えるより先に反射的に動いているもので、ごちゃごちゃ考えたって仕方ない。
けど……。
「何やってんだ、俺は……」
ほんとに意味分からん。
弾き飛ばしたボールを集めている途中でふと冷めたように我に返る瞬間。
バレー部の方はばんばんボール叩き落とすだけだからさぞ楽しかったでしょう。肩で息しつつも満足げな表情でした。俺はやっぱ不満。
「今のもう一回お願いします!」
なんて言いだすアホもいる。誰かと思えばバレー部員……あれはたぶん同級生、違うクラスの一年だ。そんなに俺がボールキャッチしたり弾いたりしてるのが楽しそうだったんだろうか。変わったヤツもいるもんだ……と思ったら、彼は腰を落とした。
打ち落とされるボールを、床に落とさないよう、上げるだけ。決して相手コートに戻すことはなかった。
何だ、あれ。ただ、本当にただボールを拾っているだけだ。バレーはボールを落とさず繋いで攻撃するスポーツって感じだし、どんなボールも拾っていかないといけないか……。
よく分からないけど、そう解釈してそいつがボールを拾い続けるのを見守った。
「ありがとうございました!」
彼は呼吸を乱しながらも、大きな声でネット向こうの先輩部員に挨拶し、頭を下げた。
そして休憩となる。
「サッカー部も大変ですなぁ」
さっきのアホ……休憩で体育館外に出た俺の横に腰を下ろし、話しかけてきた。
「オレ、一年三組の大本っていいます。サッカー部くんも一年だったよね?」
「ああ、俺は四組の青木」
三組といえばアレか……伊吹と同じクラスだな。
「サッカー部のキーパー練習も大変だね。ウチの高校強豪だから普段の練習もやっぱ厳しいの?」
「想像以上だね、練習も、練習場所も」
ここで俺の脳裏に流れた映像は、サッカー部の練習というよりは、野球部との乱闘やいがみ合い、桜井伊吹による無言の威圧。
思わず背筋が冷たくなって身震いした。
「大本くんも大変だね。バレーってあんまよくわかんないけど、意地でもボール上げていかなきゃいけないでしょ?」
「まぁ、簡単に言うとボールを床に落としちゃダメだね。中学の時からリベロだし、とにかくボールを上げて次に繋げるのが役目だと思ってるよ」
……リベロ?
「サッカーにもリベロっているけど、バレーにもいるの?」
「うん。守備専門のポジションだよ。攻撃ができないとか制限もあるけど……試合中にコートの中で色違うユニフォーム着てるのがたまにいるでしょ? あれだよ」
「あー、言われてみれば居るな! あれがリベロだったんだ」
同じポジション名でもサッカーのリベロとは全然違うんだな。こっちは守備ポジションでありながら攻撃にも参加する選手のことだし。
「サッカーといえば、オレの出身中のいっこ下にサッカーすごいって言われてるやついたなぁ」
「え? 中学どこ?」
「西中」
にし?
嫌な記憶が蘇る、あのMFに惨敗した……。
「んーと、なんだっけ? 去年、ハットリクン達成したとか?」
「ハットトリック」
「ええと、そんな感じ? よくわかんないけど」
「8番のミッドフィルダー、二年のトウボウソラ」
身長はズバ抜けて大きかった印象、故に威圧感があった。
なのに身体能力は高く、攻守に優れていた。
自分が持たないその能力がただ羨ましく、憧れ、尊敬し、嫉妬した。
その矛盾は未だに抱えたままだ。
「……名前まで知らないけど」
知らんのかい。
今年は大丈夫だけど、来年、更に成長しているであろうソイツに試合で当たったらと考えただけで嫌な気しかしない。
「でも、よく知ってるね、知り合い?」
「いや、中学最後の試合で負かされたから、よく覚えてるだけ」
「……キーパーってなんて言うんだっけ? 司令塔?」
「守護神」
「守護神、かっこいいね。じゃ、オレもバレー界の守護神目指して頑張るかな」
テレビで見聞きした程度の知識を引っ張り出しつつ、どうにか互いの部活の話をした休憩を終えて体育館へ戻ろうと立ち上がったところ、グラウンド方面からは終始罵声が聞こえてきた。
また今日もやっぱり……。
そういえば、野球部は甲子園出場、そしてサッカー部もインターハイ出場が決まっているだけに、どっちも練習場所が必要なのにどちらも譲るわけがなく、また惨事になるところですね。
「外走ってるときたまに見るけど、すごい対立だよね」
「……うん、そうだね、イヤになるよ」
何で場所確保できないのにサッカー部と野球部作っちゃったんだこの学校は。しかもどっちも強いとか意味不明すぎる。どこでそれほどの練習ができるんだよ。そのうち出場停止にならなければいいけど……。
「さ、戻ろうか。……ん? 青木くんはこのままバレー部特訓続行でいいのかな?」
「まぁ、とりあえず今はグラウンドに戻るべきではないと思う」
「……だよね」
ということで、俺は体育館へ避難し、今度は普通にバレーボールに混ぜられたものだから、打ち方なんて見よう見まねで、ボールは突拍子もない方へ飛び、終わる頃には腕が真っ赤に腫れていた。
ボールが柔らかいとか思って油断してた。
「今日は腕、真っ赤だね?」
「バレーやってた」
「え? 転部したの?」
「まさか。特訓だとか言われて放り込まれてただけ」
学校帰りに弁当箱返すためにも寄った羽山の部屋があるアパート前にて、首をかしげられる。そりゃそうだ。
忘れる前に弁当箱を返しておこう。普段はほぼ空の通学カバンを探り、それを差し出す。
「お弁当、ありがとうございました。すごいおいしかったです。弁当箱は一応洗ってあるけど」
「いえいえ、おいしく食べてもらってこちらこそありがとう。また……来週でもいいかな?」
「週に一度の楽しみになるよ」
来週のお弁当は……乞うご期待!
□□□
西中、8番、ミッドフィルダー、東・方・天・空。
ヒガシカタテンクウ?
最初、名前の読みは分からなかった。知ったのはその西中との試合が終わって数日後。
「オレも気になってさ、クラブの西中のヤツに聞いたけど、あの8番、とうぼうそらって名前で、二年だったよ。スポ少上がりでサッカー部入って、特にどこのクラブにも所属してないみたい。去年は二、三年中心チームだったから試合には出てなかったけど、やっぱ一人デカいから目立つには目立ってたって……で、それがどうした?」
「いや、何度も抜かれてハットトリックとかふざけやがって、悔しいからスネ蹴ってやりたいって思っただけ」
思ったことを言ってみただけ。ほんと、思い出すだけでも腹立たしい、憎々しい、羨ましい、俺も身長とセンスが欲しい! じだんだ。
でももう、試合は終わり、引退だ。
引退後もたまにふらっとやってくる先輩もいたけど、俺の中学サッカーはあの東方とやらに惨敗し、悔いだらけで終わった。とにかく今は次のステージ、高校サッカーのために、受験勉強に励むのみ。
次こそはアイツに負けない強さとテクニックを習得し、とにかくアイツに勝つ! 俺は攻守に優れたリベロになる!
再来年のインハイ予選で待ってるぜ!(勝手に)
もう意味わからんけど、そのぐらいの意気込みだったはずだ。
高二の春、グラウンドで伊吹に捕まってるアイツを見かけるまでは……。
そうだ、スネ蹴ってやんねぇと。
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