かつてネット小説書いてた人のリハビリ場所
15☆つばさ
それは、マンガで見るような甘いだけのものではなく、想像していたものとは全然違った。
不安で怖くて、痛くて恥ずかしくて、やさしく触れる指先。
自分の身体のこともちゃんと分かってなくて、ただあなたにすべてを任せた。
繋がった瞬間、泣いてしまってあなたを困らせてしまったけど、言葉にできないぐらいとても、とても幸せで……だから泣いたんだよ。
特別な夜は更けていく。
――カシャ。
携帯のシャッター音で目が覚める。
「なぁに?」
「あ、やべ」
隣にいる創くんが慌てて携帯を閉じ、隠した。
なんとなく、察しはつく。
「寝顔撮ったの? やめてよぅ、消して」
寝る前に寝間着はちゃんと着たので裸を押さえられたという訳ではないので少しは気が楽ではあるけど、自分の寝顔は……あまり想像したくはない。それを撮るだなんてもってのほか。
「消すのはもったいないから、保存しとく」
「もったいないってなんだよぅ……」
「自分しか見ないから」
「当たり前です!」
「じゃ、いいね」
「よくなぃ」
「消すなんてもったいない……」
「もったいなくない」
「だって、毎日見れる訳じゃないし……」
「見られてたまるか! 恥ずかしい」
「あ、伊吹が撮った俺の寝顔盗撮写真持ってたじゃん!」
「あれはあれだよぅ……」
私が撮ったんじゃなくて、伊吹が送りつけてきただけだもん。
どちらも譲らずループ。これを人は平行線というのか。
多少ぼんやり気味だった頭がようやく通常営業をし始めた。
普段、朝はゆっくり寝たりすることはないのに、時計を見ると十時を過ぎていて驚いた。
時間的に朝食には遅いし昼食にはまだ早いという微妙な時間なので、軽め朝食を取って、昼ごはんの支度をして、洗濯を手伝って……自宅とあまり変わらないことをしていた。どうもじっとしているのはダメみたい。ヒマすぎて布団まで勝手に干してしまう始末。
あ、箱が……。
拾おうとしたら、創くんがスライディングをして蹴っ飛ばし、箱が飛んで行った。素早く拾って机の引き出しに入れ、閉める。その背中から感じる、何とも言えない気まずさは一体……うん、なんとなく察しはつくよ。だから追及はしません。
お昼ごはんは炊きたてごはんでおにぎりを作り、そうめんをゆでた。
どちらも作りすぎなのでは? と思うほど大量に作ったけど、あっという間に創くんのお腹に吸い込まれていった。食べ盛りの男子高校生の胃袋、ブラックホール。
「夕方から祭り、行く?」
「うん、行きたい~」
「自転車だけど大丈夫?」
市の端っこに位置する現在地、利用者が少ないせいかバスの便が非常に悪く、日に往復8便、最終便の駅発車時刻が19時半なのだ。
行くなら自転車しか選択肢はないようなもの。昨日の今日でさすがにお父さんに車出してなんて頼めない。ちょっとどういう顔で家に帰ればいいかわかんないし。
「うん、大丈夫だよ。楽しみだね~」
あまり二人で出かけることなんてないから、すごく楽しみになってきた。
16時過ぎにはこっちを出て、駅近くの大型商業施設で時間をつぶしつつ、出店の営業が始まる頃に飲んだり食べたりしながらちょっとブラブラして、20時に花火を見て帰る、という計画。
「そういえば、創君の学校の試合、今日じゃなかった?」
高校野球のこと。伊吹が試合見ろって言ってたし、朝も開始時間のお知らせをわざわざ入れてくれた。
昨日のメールの段階で感想文も書いてよこしなさいとも書いてあったし、もし見なかったら……私ではなく創くんに八つ当たりするんだろうと予測。
創くんはあからさまにイヤな顔をしていたけど、しぶしぶといった感じで、テレビをつけてくれた。
地元の、しかも彼氏が通ってる高校の名前が出てるだけで、全然分からないし、知らない人ばかりなのに嬉しくなるのはなぜだろう。
創くんはいつも顔を合わせていることもあり……なんて険しい顔を!
「――チッ」
舌打ちまでしてる。何があった!?
ベンチに伊吹の姿を見つけ、変にテンションが上がってしまった。
「伊吹、選手と一緒の所にいるの? すごい!」
鳴りやまない爆竹のようないつもの威勢はなく、選手に声を掛けたり、視線を落としておとなしく何かを記録している姿がちらちら映る。
「録画しといた方がよかったかな?」
「……いらねぇよ。帰って来たらDVDに焼いて配ってくるだろ」
「伊吹のカレシさん、ピッチャーの人だよね?」
「キャプテンでしょ? ピッチャーだかキャッチャーだか知らないけど……」
「1番は、高木さん?」
「……」
創くんの声音がどんどん低く小さくなり、ついには黙ってそっぽ向いてしまった。
機嫌、悪くなっちゃった?
『――県中央の高木、一回の表を三者凡退で抑えました!』
……よほどお嫌いなのかしら。
「だー! 高校野球なんざ見てたって面白くもなんともないわ! むしろ不愉快だ!」
テレビをリモコンで切って投げた後、突然立ち上がり、私に向かって迫ってくる!?
肩に担ぎあげられ、廊下を階段を、創くんの部屋で降ろされて、そのままお腹のあたりに頭をうずめるようにして腰に手を回してきた。
「え? なに?」
「何もクソもあるか……せっかく一緒にいるのに、伊吹と高木見てたって面白くねぇわ」
うーん、不愉快だったんだね、ごめんね。
出発の16時まで……ちょっとあまあまでえちえちな時間を過ごしてしまった。
布団は干しているので床に押し倒されてしまい、逃げられないし距離が近い。
真剣なまなざしを向けられると、ドキドキして雰囲気に流されてしまいそう。だけど、明るい時間だと恥ずかしさが勝ってしまい、
「恥ずかしいよぅ」
と、顔を背けてやんわりお断りしたかったのだけど、
「次、いつこうやって一緒に過ごせるか分からないんだから、ダメ」
って……断る理由を封じられてしまった。
確かにその通りだった。創くんは学校がある時でも帰りは遅いことが多いし、休みの日でも部活があったり試合があったり。
違う学校に通い登下校の時間も合わない、家の距離、父の帰宅や在宅時間とかなんとかで、今までにそんな時間が取れるタイミングなんてなかった。
それこそ、創くんのお父さんの社員旅行、部活の休み、夏祭りがたまたま合っただけ。来年は合うとは限らない。
そんな状況で、次なんてあるの?
胸がギュッと痛くなった。
こんなに幸せな時間を過ごしてしまったら、後で辛くならない? もっと一緒にいたいってわがままで困らせてしまいそう。
でも、だけど?
今は今しかないの。後で後悔だけはしたくないよね。
恥ずかしいけど、創くんに手を伸ばしてそっと背に回した。
出掛ける支度をしながら、鏡ごしの私は困っていた。
毛先をいじっても、変な方向に曲がってしまった髪が戻らない。
普段は寝癖にはあまり困らないけれど、もにょもにょ……。
結べばどうにかごまかせそうなので、ハーフアップくるりんぱを慣れた手つきで作り上げた。
「髪、結んでいくの?」
「うん、ヘアアイロン持ってこなかったから、寝癖直りそうにないからごまかすー。ヘンじゃない?」
「大丈夫だよ」
うーん、男子目線の大丈夫は女子的な大丈夫とは違う気がする。ちょっと不安にも思うけど、もはや考えすぎても仕方ない。一度自宅に着替えなどの荷物は置いていこうと思っていたけど、お出かけ準備の追加までしていたら時間が掛かってしまうので、そこは諦めることにしよう。
創くんは、半袖だとグローブの日焼けが恥ずかしいと言いながら、薄手の長袖パーカーを羽織ってはいたけど、すぐに袖を捲って日焼け露出。
それは長袖である必要があるのでしょうか?
私のそんな視線に気付いてか、捲った袖を一度戻したものの暑いらしく、隠すことを諦めて脱いでいた。
「何で着たの?」
「……うっさい」
恥ずかしそうに小さく口ごもった。
日は多少傾いてはいる時間だけどまだまだ日差しは強く、玄関を出て西寄りの太陽と対面した瞬間、額から汗がにじみ出た。
「あっつぅ」
一瞬で身体も汗でベッタリだ。
いつもの分岐点にあるコンビニで別れて、私は一度家に荷物を置きに行った。玄関を開けるとムッとした空気が漂っている。車もなかったし、お父さんはいないみたいで少し安心してしまった。
荷物に入ってる洗濯物は後で仕分けるとして部屋の隅に置き、姿見で頭からつま先までざっと確認。
うん、オッケー。髪も何とかごまかせてる。
創くんがコンビニで待ってるから早く行かなきゃ。
履き慣れない少し背伸びしたサンダルで、来た道をコンビニまで戻った。
祭りがある駅方面に近くなるにつれ、祭りへ行くと思われる人の姿が多くなる。
時間がまだ早いこともあり、私たちのように大型商業施設に入っていく人もいたり、駅も待ち合わせで人が多かった。
時間つぶしに入った商業施設であっちこっち見て回っていると、まだ祭りにも行っていないというのに足が悲鳴を上げかけていた。
変に力が入ってるのか親指の付け根が痛い。かかともサンダルのストラップで摩擦したかのような痛み。嬉しくてはしゃぎすぎたのかな、慣れない靴で歩き回るものじゃない。
どこか座りたい。もうサンダル脱いでしまいたい。オシャレすることは悪くないけど、自分に合ったものであることも大事だった。
「――――?」
「え?」
足の痛みに気を取られ、創くんが何を言ったのか聞いていなかった。
「いや、そろそろ出店見て回ろうかなって……どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫だよぅ。うんうん、お店見て回ろう!」
怪しまれてしまったので、心配かけないよう普段通りに装う。でも頭の中は、足の疲労と痛みでいっぱいだった。
これでは楽しめないよぅ、と少し悲しくなってしまうけど。
フライドポテト、からあげ、たい焼き、かき氷、わたあめ、焼鳥、点滴袋のジュース。
おなかすいてるからいろいろ食べたいけど、全部買っちゃうと高くついちゃうので、飲み物は近くの自動販売機で購入し、別々の食べ物をシェアして食べた。
このからあげは……胸肉だ。
途中で当然のように学校の友達に会い、
「えー、カレシいたのー? 羨ましいんですけどー!」
「滅びろーくそぉー!!」
と私の友人には羨ましがられ、恨まれ。
一方、創くんの高校の先輩とおぼしき人が現れたときは、壁際に押し隠されてしまった。
「先輩、こんばんは!」
「おー青木、つきあえよー」
「いや、今日は中学時代の友人と来てるのですみません」
「ナンパ行こうぜ! 彼女作ろうぜ! 夏休み楽しみたいだろう?」
「ナンパだなんて、自分にはまだ早いですよーアハハハ」
うーん、紹介できない彼女なのかな? ちょっと悲しい。
「すまない、俺があとあととばっちりでひどい目に遭う」
んだそうで、部活の先輩だったみたい。
食べている間は座っているからまだいいけど、足の疲労と痛みはかなり蓄積され、追加で小指も痛くなっていた。
「――――?」
ため息をついて、ふと我に返る。
今、話しかけられてた?
創くんの顔を見ると、心配そうにこちらを見ていた。
「ホント大丈夫? さっきからちょいちょい元気ないっていうか、上の空? 具合悪い? それとも機嫌が悪い?」
「違うの、そうじゃなくて……」
隠していても自分がつらくなるだけだし、こんなに心配かけてしまうほど明らかに私の態度はよくないみたいだから、もう正直に話すことにした。
「慣れないサンダルで歩き回ってたから、足が痛くて……」
創くんは黙って私を肩に担いで歩き出した。
いつもより頭一つ分以上高い景色が後ろ向きに流れる。後ろを歩く人たちと目が合い、クスっとされては目を逸らされる。
ある意味注目の的になっている。これはこれで……
「ちょ、恥ずかしいこれ……」
「少しガマンしなさい。足痛いんだろ? 歩きたいの?」
そう言われると、もうできれば歩きたくないという気持ちの方が大きいので、黙って担がれることにした。頭は下げて人と目が合わないようにして。
人ごみから出るよう、屋台が並ぶ歩行者天国になっている道から横にそれて、線路沿いの公園まで来るとようやく降ろされてベンチに座らされる。
まだ祭りが始まったばかりなのと、会場から少し離れているためか、たまに人は通るけど留まる人はいなかった。
「絆創膏いる?」
足を確認すると、両足とも摩擦でかかとと小指の皮がむけていて、血は出てないものの思っていたよりひどい状態だった。
創くんは財布を探り、絆創膏を出してきた。
「準備良すぎでしょ?」
と少し自慢げなご様子。私の足の状態を確認しつつ小指に1枚、かかとには2枚、キズを覆うように絆創膏を貼ってくれた。
「部活でマメできたり潰れたりとかあるから、たまたま持ってただけだよ」
「うう、女子力高い……」
「いや俺、男なんですけど」
男子力?
絆創膏を貼ってくれただけでなく、そのまま足のマッサージまでしてくれた。迷惑かけちゃったのに優しすぎて涙が出そう。
私、看護師になろうと思ってるのに、創くんの方がそういうのに向いてるんじゃないかな? 女子力も気遣いも空回り。
結局、祭りを楽しむことはできなかったけど、公園で話しをしながら足を休めて遅くならないうちに帰路に就いた。
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創作屋(リハビリ中)
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自己紹介:
元々はヘンタイ一次創作野郎です。
絵とか文章とか書きます。
二次もどっぷりはまってしまったときにはやらかします。
なので、(自称)ハイブリッド創作野郎なのです。
しかし近年、スマホMMOにドップリしてしまって創作意欲が湧きません。
ゲームなんかやめてしまえ!
X(ついった)にはよくいますが、ゲーム専用垢になってしまいました。
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