かつてネット小説書いてた人のリハビリ場所
うっかり、範囲指定最中のマウス左ボタン押しっぱなしでちょろっと読んでた……
いろいろ、忘れてるのでやらかしそうな気がしてならない。
続きを書くときは気をつけねば。
ではまた後日……いつでしょうね(笑
いろいろ、忘れてるのでやらかしそうな気がしてならない。
続きを書くときは気をつけねば。
ではまた後日……いつでしょうね(笑
4★そう
もっと他に方法はあっただろうに、何でこんなことしちゃったんだろうって、後悔はした。
つい、腕に抱いてしまった羽山が、泣いた。
「泣いてるの? そんなにイヤだった? ごめん」
彼女から離れ、むしろ帰るべきだとも思ったが、こんな状態の羽山を置いて帰れるほど冷たい人間ではない。ということを踏まえ、かなりの後悔だ。気まずい。
そのうえ、この拒絶はかなり心にぐっさり突き刺さった。
こんなに近くにいても、届かないものなのか……。
ほんの一瞬だったけど、幸せだったよ。さらば初恋?
いや、何も伝えてないうちから玉砕フラグ立てるなよ。まぁ、完全に順番誤ったというか、タイミングミスだし、俺はバカだ。
という脳内葛藤は現実時間では数秒のこと。
そっと、羽山から離れようとすると、頭を横に振り、カッターシャツ掴まれ、頭を胸にうずめてきた。
ドユコト?
こう、体調不良で弱ってるときって、側で優しくしてくれる人に縋りたくなりますよね、それだ! じゃないと期待しちゃうよ。
元気になったら存分にぶん殴ってくださって結構です、そういうのは慣れてるから。どこぞの幼馴染殿が凶暴で。
しかしながらこれはどうすべきなのだろうか……。
羽山が寝るまでこのまま? 自転車取りに行かねば。何か体が温まる食べ物でも作ってやれるといいが……。
と、脳内ぐーるぐる。
「ありがとう、青木くん――」
最後の方は聞き逃してもおかしくないぐらいとても小さな声だった。でも、ちゃんと聞こえた。自分にとって都合のいい言葉に変換してしまったのかもと疑いそうでもあったけど。
「それ、風邪が治ったらもう一回聞かせて。熱に浮かされてるみたいで現実味がないんだ。でも、それが本当だったらすごい嬉しい」
「ホントだよぅ」
羽山が俺の胸でつぶやいてる。これは、一応答えておかねばなるまいな。
「俺も、羽山のこと好きだけど、風邪が治ったら改めて言うよ」
「空耳じゃない?」
「同じ言語使ってるなら、別の意味で伝わらないと思うけど」
それでなくてもかなり密着している状態だけど、更に抱き寄せるよう背に回している手に力が入る。
しばらくすると羽山はようやく眠りに落ちたようなので、起こさないようにベッドを出て、コンビニに置いたままになっている自転車を取りに戻った。
雨はもう止んでいる。
コンビニで適当に夕食やスポーツドリンクなどを買って、再び羽山のアパートへ戻り、部屋を覗くと、
「もう帰っちゃったのかと思った。どこ行ってたの?」
ベッドから体を起こすことなく、そんなことを聞かれる。俺は病人を置いて帰るほどひどい人間ではないぞ。まして、好きな子であるし、親が帰宅しないんだし、尚更ほっとけない。断じて変な意味ではなく……もう怪しいけど。
「自転車を取りに、ね。あと、夕飯とか。たいしたもの作れないけど、台所借りるよ」
コンビニでアルミ鍋のうどんを買っておいた。家でもやらないことを果たしてここでできるか……。ご飯はまだ炊飯器に残っているのは確認済みだ。鍋を借りておかゆを作ってみよう。
といって作り方を知ってる訳じゃないので、ズボンのポケットから携帯を取り出し、ネット検索。
ご飯、水。吹きこぼれないようにトロ火で炊く。
このぐらいなら余裕、のはずだ。
ご飯は炊飯器にセットしてボタン押せば炊けるけどな……。
作れませんでしたってスライディング土下座のパターンだけは回避したい。
慎重に、火加減に気を付けて……。
ガスコンロがキレイすぎるので汚す訳にはいかない。ウチのコンロ? こぼれたまま放置してたら焼きついてこげついてる、ひどい有様だ。
羽山が言ってた、使ったらすぐ片づけるを実行すると、キレイなまま維持できるって、理屈では分かってるけどさ……やっぱめんどくさいよ。
だから汚さないように気を付けるのもありだと思う。
手際が悪く、もたつきながらもどうにか完成。テーブルに並べ、羽山を呼びに……呼びに……。
――こういうのって、定番だと立場が逆じゃないか?
なに張り切ってできない料理振舞って(?)……急に恥ずかしくなってきたじゃないか!
いやいや、恥ずかしがっている場合ではない。羽山には早く風邪を治してもらってだな……。
――自爆。
別に早くちゃんと告白されたいとかどうとかではなくてだな、ああもうだめだ。
何だよこのシチュエーション、好きな子は風邪でダウン、親は帰らない、二人きり、実は両想い? こういうのはアニメかマンガだけじゃないのか?
なんて考えれば考えるほどもうだめだ。とりあえずごはん、早く呼ばないと冷める。
「羽山さーん、ごはんでーす」
明らかに自分がおかしいので頭を抱えてしまう。もうダメだ。
頭を抱えていたゆえに、部屋から出てきた羽山が心配してくる。
「もしかして、風邪うつった?」
「そうじゃない」
まだ熱があるらしく、あまり食べれそうにない、と言ってうどんとおかゆを少しだけ食べ、薬を飲んでまた布団に戻っていった。
「ごちそうさま。おいしかったよ。でも……せっかく作ってくれたのに、少ししか食べれなくてごめんね」
おいしかったって言われただけで十分すぎるぐらい嬉しかった。
残り物は全部俺の胃の中。残飯は出しません。使った鍋や食器はすぐに洗い、ゴミもちゃんとゴミ箱へ。家でもやればいいんだけどね。分かっているけどうちはうちなりになるし、よそはよそなりの扱いになる。
……さてと、ワタシはどうしたらいいでしょうね。誰だよ。
帰る、のか?
……こればかりは自分の口からは言い辛い。だからって相手に委ねるのは卑怯だろうか。
彼女の部屋のドアをノックし、少しドアを開いたまま話す。
「片づけ、しといたから」
「……うん、ごめんね、ありがとう」
「俺、どうしたらいいかな」
「…………」
ほら、羽山も困ってる。
ここにいていいか、なんて自分の口からはとても言えない。だからどうしてほしいか、聞いた。帰っていいと言われたら、素直にそれに従うつもり。また明日様子を見に来よう。
「ここに、いてくれる?」
逆。ありえないと思ってた願望の方だった。
「いてもいいなら、いるよ」
ならば家に電話しとかねば、父さんが心配するかもしれない。
ダイニングで携帯を取り出し、家……というより父の携帯に掛け、今日は友達のとこに泊まるとたどたどしく伝えて切った。
「携帯持ってるんだったら、番号教えてよ」
「うん? また明日な」
羽山の側まで行って触れた額は汗ばんでいて、まだ熱い。
「ずっと思ってたけど、半そでで寒くないの?」
「寒くないよ、平気。濡れタオルでも持ってこようか?」
「うん、タオルは洗面所の――」
洗面所の右にある引き出しの一番上、と。
胸の高さほどのスリムな引き出しだ。一番上を開けてタオルを二枚、そのうち一枚を水で濡らして固く絞る。それとコンビニで買っていたスポーツドリンクを持って羽山の枕元まで戻り、濡れたタオルを額に当ててやった。
「つめたい……」
「スポドリ飲む?」
「うん」
羽山はゆっくりと体を起こし、ペットボトルを受け取る。でも、手に力が入らないのか震えてうまく開けれないようだったのでキャップを開けてあげると、一口、二口飲んだ。
ペットボトルは喉が渇いた時にいつでも飲めるよう、枕元に置いておく。
横になった羽山の額にまた濡れたタオルを置く。そう経たず、彼女の呼吸は穏やかなものになった。
さてと、ワタシはどうしましょうかね。だから誰だよ。
別にザコでいいんだけどさ、さすがに布団貸してくださいとか言えなかった、言える状態ではなかった。
少々大丈夫だとは思うけど、万が一ここで俺が風邪ひいたりしたら、羽山は気が回らなかった自分を責めたりしないだろうか、意地でも風邪ひけない状態じゃないか。さすがに二度も羽山の横に入ろうとは思わない。それはいろいろまずい。
そうだ、カバンに朝着て行った部活のウインドブレーカーがあるはず。雨の日は合羽を着ていてもどこか濡れるから、学校で制服に着替えてるので、教科書ではなく、ウインドブレーカーで膨れていただけの通学カバン。いちいち教科書を毎日入れ替えて持って行ってたらかなり重いので、中学の頃からもっぱら置き勉だ。
下も制服のままだとくつろげないので、上下ウインドブレーカーに着替える。
これなら布団なくても十分暖かい。床に倒れて寝る。
……んー、床固い、枕ないから頭の位置がよくない、落ち着かない!
そういえば、羽山のカバン重かったな。毎日ちゃんと教科書持って行って持って帰るのか。
家でもちゃんと勉強してるんだろうな、テスト前に提出物だけどうにかこなす程度にしかやらない俺なんかと違って。
相変わらず、俺は勉強が好きではない。高校は義務教育じゃないから、ちゃんと進級できるのかどうか……なるようにしかならないとしかまだ考えてはいない。
□□□
「青木くんは、中学卒業してからの進路、考えてる?」
まだ中二で、部活と給食と体育だけが学校生活での楽しみだった俺が、そんなことを考えている訳がない。三年は受験生だと知ってはいても、まだ実感なんて湧いてこないし。
だいたい、日常会話からなぜ進学についての話に飛んだのか意味が分からないところだ。
「さぁ……どこか、適当な高校でサッカー部入れたらいいかなぁ」
「何か他人事だね。自分のことだよ」
「そうは言われても、全然実感ないし」
「一年のときからの成績や評価は、高校進学に影響するんだよ。関心・態度にCなんて付いてたら、かなりきついんだって」
おどしかよ。確か一年のとき、BとCしかなかったような……。成績は2か3だ。
「私、看護師になるのが夢だから、看護科のある高校へ行こうと考えてるよ。だから苦手な教科もあるけど、勉強頑張ってる」
「へぇ……看護師」
「まだやりたいことがないなら、余計に頑張らないとね」
「え、何で?」
「もし、何かやりたいことがあっても、勉強がわからないから諦めなきゃいけないなんて、悔しいでしょ。勉強をもっとやってたらって後悔するぐらいなら、ちゃんとやっておかないとね。だったら何にだってなれるかもしれないでしょ?」
理屈的にはその通りだとは思う。けど、実行するには強い何かが必要そうだ。
「まずは、評価からCをなくすことね。私立高校では命取りよ。提出物は必ず期限以内に出して、授業中の居眠りはなし。まずはそこから」
「……ふぅん」
「自分の未来のためだよ!」
「はいはい」
「ホント、他人事みたい。まずはサッカー名門校あたりでも目標にとか思わない?」
「中央って学力は中の下ってところじゃない? 無理だろ」
「やってないうちから諦めない!」
親からでさえ、成績や進学について言われたことないのに、ここまで本気で説かれたのは初めてだった。
中三のとき、一回目の進路希望調査票。
市内にあるサッカー強豪校の県立高校――中央高校を第一志望に書き、第二、第三はサッカー部のある私立高校を適当に書いた。
ちょうど前年の冬の大会はその中央高校が県代表となり、全国で戦う試合を正月にテレビで見ていたから、ようやく本気で中央に進学したいと思い始めていた。
しかし、夏休み前の三者懇談。進学の話になると、
「二年から少しずつ成績はよくなってますが、今の成績だと、中央高校は難しいですね」
がんばりは、全く足りていなかった。自分の進路なのに、かなり甘くみていたようだ。
この年、また同じクラスになっていた羽山は、看護科のある私立女子高一本を推薦でという話になったと、終業式の日に聞いた。
早くから夢へ向かっていた羽山と、これまで何もしていなかったくせになんとなく思いついた夢に向かってみた俺の差は大きいのだと思い知らされた。
このままじゃダメだ。
テレビで高校サッカーの試合を見てふわっと描いた、あの場所(ピッチ)に立つ俺は現実のものにはならない。
できない。
――できないって諦めない! するの!
羽山ならそう言ってくれるだろうか。
やる前から諦めない。夢を現実にするためにできることは……今の俺に足りないのは勉強だ。
しかし、急に始めたって拒絶反応しか起こさなかった。
夏休みはまだ部活があった。勉強より、サッカー。ここですでに出遅れていると三年の主任教師は言っていた。
――受験生なら休みの日は十時間勉強しなさい。朝3、昼3、夜3で九時間できる。
なんて進路説明会で聞いた時は吐き気しかしなかったものだ。
そんな俺でもどうにか勉強家に目覚め、頭でも打ったのかと自分でも思ったぐらいだ。
分からない部分は教科担当の先生に聞いて、入試の過去問題集も買って勉強した。
習熟度テスト、三年二学期の中間考査、期末考査と努力はちゃんと点数に表れていた。
県立高校にも推薦枠があるようなので、担任に聞いてみたのだが、
「一年と二年の前半の成績と評価が良くないから推薦は無理だろう」
あっさり。まぁ、分かってはいたので、公立一般の一次は中央高校。その前に私立を二校、これも一般入試で受けることが、二学期の三者懇談で決定した。
このとき、私立の入試まであと一か月半。
この頃には成績は3、4が交互にあるぐらい。評価にCはなくなった。
冬休み、クリスマス、正月……浮かれることなく、机にしがみついて勉強した。分からないところは、成績のいい友達に聞いた。
三学期始業式。その週末に羽山は志望校の推薦入試を受け、次の週には合格していた。看護科は募集定員四十人と、なかなかのハードルにもかかわらず、彼女はあっさり突破したのだ。
私立の一般入試はまだこれから始まるというのに、幸先のいい結果を残し、彼女は受験戦争から離脱。我々一般入試組の戦いはこれから始まる。
二月初旬に私立高校一次入試の合格発表。俺はどうにか一校合格。
卒業式の練習をしつつ、卒業式二日前に公立高校入試。公立高校が第一志望の者は合格発表を待たずに中学を卒業になるとか、スケジュール的には最悪だと思う。
合格発表後も手続きだどうだと何かと学校通い。
俺もバタバタと、無事合格した公立高校の入学手続きを済ませ、三月末は仮入学、入学準備と大忙しだった。
高校入学で周りの人間ががらっと入れ変わった。同じ中学校出身なんて一クラス分以下。その中に、桜井伊吹はいた。まぁ、中学のあれ以来楽しく会話なんてしたことなければ目が合ったって逸らすだけ。
伊吹も中央高校の、野球強豪校という理由で進学してきただけに過ぎない。どこまでも野球バカな女だ。
中学とは違う環境、新しい人間関係、変わりすぎた生活に順応するのが精いっぱいで、その頃は羽山のことを思い出す余裕なんてなかった。
そんなとき、あのコンビニで彼女に再会した。
市内の高校でもなかなかかわいいブレザーの制服。中学時代は二つに結んでいた髪は少し短くなったけど肩より下の長さで、結ばれていない。卒業から少ししか経ってないはずなのに、大人びて見えた同級生。
しっかりとした夢を持ち、それに向かっている、羽山つばさ。
俺が目的を持って高校に進学するための道を示してくれた人。
彼女の姿を見つけて、すごく嬉しくて、表情が緩むのが分かった。胸は熱い、ドキドキしてる。
――そうか、俺は……羽山に会いたかったんだな。
一声目はどうしよう。考える前に口から出たのは、
「そういえば、羽山ってタニジョだったな」
他愛ない、一言だった。
□□□
眠っていたのか、ただ目を閉じていたのか分からないが、中学の頃のことを思い出していた。それとも夢?
何かと羽山とはよく話してた。家庭環境が同じだから、そういう点は話しやすかった。それだけだった? あの頃はまだ羽山が好きだなんて自覚はなかった。羽山はどうだったんだろう? そのうち聞いてみよう。
掛け布団を少し引き上げ、頭の半分まで入る。
暖かいけど、やっぱ床はかた……?
いや、掛け布団はなかったはずだ。どういうことだ。やはりさっきのは眠っていたのか。
そこじゃない!
羽山が熱くて布団蹴っ飛ばしたところ、俺の上に落ちたパターン? ならば布団を戻してやらねば悪化、ヒィ!!
背中に何か、何か!!! 熱いモノが当たって!! ってなんかそれ違う。
「ちょっと羽山……風邪悪化するよ」
「青木くんが風邪ひくよりいいもん」
よくねぇよ。ラグの上であってもここ床だから。
俺は起き上がり、布団ごと羽山を抱き上げ、ベッドへ降ろし、布団をなおしてやる。
「力持ちだね」
「そうか? 普通だよ」
不意に羽山の手が俺の首に回される。
「ほら、離して寝なさい」
「いやだ」
「いやだって言われてもさ……」
困るんだけど。
「さっきは入ってきたのに」
「あれはあれ、これはこれ、別物! つーか、それ触れないで」
恥ずかしさのあまり、死んでしまう。やりすぎたと後悔しかしてないんだから。
「布団に入って。そしたら手を離して眠るから」
「自分がなに言ってるか分かってる?」
「……熱に浮かされてることにする」
都合のいいことだ。ならば俺もそれなりに覚悟をしよう。変な意味ではなく。
ご要望通り、布団には入りましょう。でも落ちる寸前ギリギリで、むしろ片足落ちて床につけて体を安定させてる感じ。寝れる気がしない。
右側にいる羽山が俺の腕に手を絡めてくる。
「さっきみたいに抱きしめて」
「さっきの話はするなと言っただろう」
「じゃ、寝言ね」
結局、ころりと羽山の方を向き、抱きしめる恰好。
なんだかんだ言ったって、好きな子を抱きしめたい気持ちにはウソはつけないし、望んでいるのなら応えてあげたい。
小さな背中を壊れものを扱うかのように優しく包み込む。抱き寄せたら胸の奥が熱くなってきた。
夕方のときより、体温は下がってる。
安堵感や幸せな気持ちとか、ほどよい疲れとか、いろんなものが入り交じる。目を閉じて腕の中の彼女をそっと撫でて……
目が覚めたら、朝だった。
あれは夢だったのだろうか。ぼんやりしている頭。腕の中で眠る羽山を抱き寄せ、
「いないっ!!」
飛び起きる。残念ながら抱いてたのは枕だ。なんてこった。さては自分にとって都合のよすぎる夢だったか! やっぱりなー。そんなことある訳ないとは思っていたんだ。
そうか、俺、羽山が好きだったのか……。頭を抱えて自覚する。
何か食べ物の匂いがする? ここは自分の部屋ではない。外はどうやら今日も懲りずに雨が降っているようだ。
はっ!
ようやく理解。遅いよ、何やってんだ俺は。
羽山はもう起きて食事を作ってるんじゃ……。風邪は? もう体調はいいのか?
ゆっくりと部屋のドアを開く。その先にあるダイニング、キッチンに立っているのは羽山。テーブルには二人分の食事が準備されていた。
「もう、大丈夫なのか?」
振り返る羽山は、俺と目が合うと笑顔になった。
「まだ鼻声っぽいけど、熱とだるさはなくなったみたい。ありがとう、青木くんのおかげだね」
「俺は別に……」
昨日夕飯作ったぐらいしかしたことなんて思い当たらない。
「でも、寝起きでなにがいなかったの?」
とくすくす笑って聞くところを見ると、あれ、聞こえてたのかよ。オハズカシイ。
あれはまどろみの中、羽山を抱き寄せてるつもりだったから。
「もうひとハグしようかと思ってたんだが、残念なことに枕だったのでな」
「そうなんだ。先に起きるんじゃなかった」
残念そうに顔をしかめる。
「ご要望であれば、いくらでもハグしますよ」
「ホントに? でも先にごはん食べよ」
飛び込んできてぐわしーって感じかと思ったのに、早とちりさん、俺。
だいたい、告白は仕切り直しせねばならんのだったな。
まぁ、腹が減っては戦ができぬと言うではないか。まずは朝食をいただこう。手作り、ありがとうございます!
前日にご飯を炊く準備をしていなかったから、朝食は洋食だった。食パン、ベーコンエッグ、ウインナー、生野菜のサラダ。
「朝からよくここまで準備できるな。俺、眠気と闘いながら菓子パン食うことしかできない」
「毎朝学校に持って行くお弁当作るから……やっぱりついでとか慣れじゃないかな?」
「あと、料理作るの好きじゃないとできない」
料理と言えるほど作れもしないし、朝わざわざ早く起きて弁当作ろうだなんてとても思わない。
「青木くんは料理作るの、好きじゃないんだ」
「めんどい」
「昨日もめんどくさかったんだ」
「昨日は、そうは思わなかった。何か、食べてもらおうって思って、作った」
「私も今日は、青木くんに食べてもらうことを考えて作ってたから、すごく楽しかったよ。おいしい?」
「うん、おいしい」
「喜んでもらえるって、嬉しいよね」
意味があるのか。作ることにも。
めんどくさいじゃ、いつかの「できない」の時と一緒か。
「ホントに、羽山には教えられてばかりだな」
叶えたい夢があって、目標を持っていて、前向きで、ひたむき。
俺なんかとは正反対。だから惹かれたのかな……。
「ごちそうさまでした」
キレイに完食して羽山もにっこり。使った食器はすぐ片づけて、洗って乾燥機へ。さすが我が師匠、手際が良すぎます。
「どこか行きたいね」
「行きません」
今日も朝から雨だ。これだから梅雨ってやつは困る。羽山は調子良さそうに見えても鼻声だからな。また濡れて悪化されてもたまらない、今日は家でおとなしくしてもらう。
「じゃぁ――」
と、何か言いかけているときに、ポケットの中から着信音。ちょっと待ってと彼女に背を向けガラパゴスな携帯を開く。サッカー部連絡網だ。
「はい、青木です、おはようございます……はい、了解でーす、はーい、失礼します」
切って、閉じる。いや、閉じちゃダメだ。次に回さないと連絡網。閉じた携帯を開き、電話帳から次に回す部員の名前を探して掛けて、相手が出る。
「サッカー部のあおちゃんです。そうそう、連絡網。うん、休み。じゃ、次回しといて、じゃーねー」
この口調の違いから、掛かってきた方は先輩で、掛けた方が同級生だと分かる。
再び携帯を閉じる、羽山の方に向き直る。
「はい、お待たせしました」
「今日、部活だったんだ」
「午前がね。雨だから中止になった」
「ごめんね、私、知らなくて引き留めた?」
「いや、帰る気だったら何言われても帰ってたよ。それに、俺が床で寝てなかったら、羽山いまごろ床で目覚めて高熱出てたかもな」
なんてからかってみると、ムキになって反論してくる。
「別に私、そんなに寝相悪くないもん!」
「昨日は完全に落ちてたくせにー」
「自分で降りたの!」
そう、知ってる。だから、からかうのは終わり。
「ご要望であれば、いつでもハグしますよ」
朝食前の続き。
さっきまで反論してきてたくせに、今度は驚き、目を泳がせ、戸惑いを見せる。
「か、風邪治ってないから」
「いいよ。バカにはうつらないから」
「そうきたか……」
「俺が尻込みするほど積極的だったぞ、昨日は」
「あああ、あれは、昨日は熱で……」
などとつまらないやり取りは五分も経たず決着。
「……言葉巧みすぎる」
「そりゃどうも」
誘導を促してるだけだから。
「羽山さんにリテイクを要望します」
お互いの気持ちはもう分かってる。でも改めてというのはやはり、恥ずかしい。
「ここイヤだ!」
と、自分の部屋に入っていった。
まぁ、一生の思い出にもなりかねないので、場所ぐらい選びたいよな。自宅ダイニングだなんて、親と食事中とか妙なタイミングで思い出してしまった日には、やってられない。部屋移動しましょう。
羽山は部屋のベッドの隅っこ壁側で体育座りという恰好でガッチガチ。
ベッドの淵に腰を下ろしているぐらいなら、本能のままに押し倒しておくところなんだが……壁ドン? 壁ドンなのか! いやまだ不要です、気が早い。
とりあえず、隣に同じく体育座りしてみようか。こういうのは、お互いに顔が見えない方が良かったりする。どちらとも口を開かない中、そう経たずに羽山は俺の体に身を寄せてきて、ささやいた。
「青木くんのこと、好きだよ」
「俺も、羽山のことが好きだ、から……つきあって、ください」
胸がすごくドキドキして、奥の方が熱くなる。顔も、すごく熱い。ほんとに、真正面から向き合わなくて良かったと思う。
「私、青木くんの彼女になっていいの?」
「うん、是非ともお願いします」
それから全然言葉が出てこなくて、お互い黙ったまま。
何か気の利いたセリフとか、他愛ない日常会話とかないのかよ! と心の中で焦るばかり。
だけど、寄り添ってるだけでもいいかな、なんて思える。想いは通じているのだから。
「今度、二人でどっか行こう」
「……デート?」
「うん、だから考えといて、行きたいところ」
改まると手も繋げない。肩抱いて一緒に寝てたくせに。その方がどうかと思う。
「そうだ、携帯番号。私も携帯持ってるから」
互いの携帯番号、メールアドレスを交換した。
「メアドが、あおそう0623あっと……」
「aosou0623?」
「誕生日、六月二十三日だから」
「もうすぐだね」
「羽山は、いつ? 誕生日」
「十二月二十六日だよ」
「クリスマスの次の日か。覚えとく」
たまに雨音が聞こえなくなるが、思い出したように強く降っていた午前。昼食は家にあるもので済ませた。インスタントではない、手作り料理。準備に時間が掛かった訳でもないのに、おかずが三品も並んでいる。それに炊きたての白米と味噌汁までついてるなんて、どこの定食屋だここは!
「インスタント食品じゃないもの食べたの、何年ぶりかな」
なんて大袈裟に言うほど久しぶりだった。
肉じゃがって意外と短時間でもできるのか。この感動は子供の頃に初めて行ったファミレスに匹敵する。
当たり前が、当たり前じゃない家庭環境だから。
学校でも、みんなは親や自分が作った弁当だったりするのに、俺はコンビニで買っていく。それを羨ましいと言うやつもいるけど、俺は作ってくれる人がいる方が羨ましかった。
母親がいなければ静かでいいのに、とか言うやつもいる。いなければ、家事は自分がやらなければいけないことを知らないから勝手に言う。
俺たちの世代には羨ましいと思われることは、俺にとっての不自由。
味付けは母の料理とは違うのに、なぜか懐かしさを感じる。
俺の家では、食卓に料理が並ぶことなんてないのだから。
「どうしたの? 口に合わなかった?」
「いや、違うよ。おいしいよ。あと、何だか懐かしい気がして、辛い」
「また食べに来て。辛くならないように、楽しい食事しよ?」
「ありがとう。でも、こんな贅沢してたら……」
「楽しく食べよ、ね?」
そうだね。せっかく作ってくれたのに、おいしいのに、変な雰囲気になってる。
切り替え。
食器の片づけは俺がすすんでやった。とはいっても皿洗いはそんなに得意でもないので、一枚ずつ丁寧に洗っていたら結構な時間が掛かってしまったせいで、慣れてないねと指摘されてしまった。
毎日、箸は割りばし、食べたら捨てるだけの生活ですもの。洗い物なんてろくに出ないしやることなんて滅多にない。
世間話や思い出話をしたり、なぜか急に教科書を広げて見たり……午後もあっという間に過ぎていく。
雨のせいで、外が薄暗くなりはじめる時間がいつもより早い。
「今日は帰るから」
「うん、そうだね」
引きとめられないかと少し期待してた部分もあり、あまりにもあっさりとした返事に少々拍子抜け。
まぁ正直、二日目ともなると何事もなく朝を迎えられる気がしなかったから、帰らなければならないと思ってた。引きとめてもらえなければ留まる理由はない。今日は自宅でゆっくり寝よう、それだけ。明日も部活が午前にある予定だ。また弁当買って、帰るだけ。
雨が止んでいる間に帰る準備をして、
「じゃ、また……電話とかメールとかするから」
「うん。本当にありがとう」
「こちらこそ」
玄関ドアから出てしまえば、帰るしかない。
合羽はキレイにたたまずそのまま丸めてカゴに突っ込む。忘れ物もきっとない。
ではいつものようにコンビニで弁当を……。いや。
今日は弁当ではなく、鍋うどんにしよう。スープを入れて火に掛けるだけだった。面倒がらずに少しは何かやってみないと。いつも朝食は菓子パンじゃなくて、食パンに何か乗せたり挟んだり……。
時間があるときに少しずつでも。俺も一歩を踏み出そう。
のわりには、キスすらできなかったスロースターター。
いいんだよ、急がなくても!
次はいつ会えるかわからないけど……また、雨が降れば。
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