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かつてネット小説書いてた人のリハビリ場所

  6★そう


 いろんなものに失望して、やる気も出ないのにとりあえず部活へ向かおうと自転車にまたがると、桜井家の玄関から小柄な少年が飛び出してきて、こちらに駆けてきた。
 目の前で止まり、俺を見上げてくる瞳は少し赤く、潤んでいる。

「創くん、蓮くんは? どこ行っちゃったの?」

 それは俺が聞きたいと思った。
 中二の夏休み、母と弟がいなくなって数日といったところか。
 桜井大志(さくらい たいし)、俺の弟――蓮(れん)と同じ小学五年で、家もすぐ斜め前ということもあり、小さい頃からとても仲が良かった。親友同士であっても何の知らせもなくいなくなった蓮。家族である俺でさえも何も知らされなかった。



「母さんと蓮は?」

 もう午後九時になろうとしてるのに、帰宅しない二人。何の連絡もないし、もしかしたら事故にでも遭ったのではないかと不安に思って、ダイニングでのんびりビールなんぞ飲んでいる父に聞いてみたところ、あからさまにめんどくさそうな顔をされ、ため息をひとつ。

「……ああ、もう帰ってこないよ。離婚した」

 ――は?
 意味不明だった。本当に突然だった。
 両親の間だけで話が進められていたのか……そんな予兆も感じなかったし、こんなやり方で家族がバラバラになったことのショックは、自分でも思っていた以上だった。



「ごめんね、創くん……行ってらっしゃい」

 大志を追って慌てて出てきた伊吹の母に謝られた。
 俺たち子供が知らないことを知っているのかいないのか、聞くほど興味も気力もない。部活があるから学校へ行くだけ。
 ふと、桜井家の二階から視線を感じ、見上げる。言いたいことがあるなら言いに来ればいいのに、伊吹はただ遠くからこちらを窺っているだけ。こちらからも突っかかっていこうなんて考えはなかった。
 自転車を漕ぎだす。
 水筒を忘れた。どうせお茶作ってないからいいか、水道の水で。



 伊吹との仲が悪化しても、毎年正月には桜井家でお雑煮をたっぷり食べる習慣は変わらなかった。でも、その年からは俺一人になった。
 どこへ行ったのかわからない弟が、去年はいた。本当にいたのだろうか。青木蓮――自分の中でその存在がかすんでくる。
 俺が卒業して、入れ替わりで中学に進学するはずだった。

「創くんは高校どこ受けるの?」
「一応、第一志望が中央で、滑り止めに私立二校受けるつもりです」
「中央なら伊吹と一緒か……」

 桜井家ダイニングにてお雑煮をご馳走になっているが、俺を呼びに来た大志は幸せそうな顔をしてお雑煮を食べているが、伊吹はここにはいない。たぶん自分の部屋だろう。
 そして、やはり伊吹も中央を志望していたか。甲子園に一番近い野球部のある高校を選ぶとは思っていたが、それとサッカーの強い高校がたまたま同じだなんて、どういう偏り具合だ。他校に謝れ。

「なかなかの腐れ縁で」
「ホントね。高校でもサッカーを?」
「そのつもりだけど」
「中央は野球じゃなかった?」
「サッカーも、だよ」

 アイツ、自分に都合のいい偏った情報を親に伝えてるのか? 進路説明会とかでも「野球部もサッカー部も全国大会出場経験豊富です」みたいな話は出てたはずなんだけど。

 もちで腹いっぱいになったところで……ちょうどテレビでは高校サッカーの試合をしている。中央高校の試合ではなかったが、確か次の試合だったような……もうアディショナルタイムに入るところだな。1対1で同点、どちらもいい攻めを見せるがなかなか得点に繋がらない。どちらかのチームが焦りを見せたら……。といういい所なのにテレビの電源が切れる。

「うわぁ!!」

 思わず声を上げ、辺りを見回す。誰? リモコン触ったの!
 まぁ、ここは案の定という感じで、リモコンをバンとひどくテーブルに置いてさっさとリビングを出ていくのは伊吹であった。
 これは、長居すると無事には帰れない気がするので、家に帰って試合の続きを見るとしよう。

「すみません、ご馳走様でした」

 帰宅後、桜井家で見ていた試合は終わったのか、次の試合準備のせいか、テレビCMばかりが流れていた。

 ――中央高校のディフェンス、青木が……。

 来年は無理でも再来年にはきっとテレビでそんな実況をされるに違いない!
 などとおかしな夢を抱いて、俺はひたすら受験勉強に励む。
 そして、プロに引き抜かれて、日本代表、海外移籍! 外国の有名モデルと電撃結婚! 戯言はいい加減にしろ! でかすぎる夢は現実味がなさすぎて逆に楽しくなってくる。でも妄想するだけならタダ。
 とりあえずは、サッカーだから。後のことは後で考える。


 一月に私立二校を受験、一校は合格したのでどうにか高校生になれそうだ。
 油断してはいけないのが二月。卒業式の練習も入って、覚えることだらけ。

「青木、大丈夫か?」

 誰だよ、一組の出席番号一番にしてくれたやつ、恨むよ。
 名前を一番に呼ばれ、声が裏返らないように返事して、カクカクと動いて来賓席、教員席に礼。校長に礼、階段を上がる。

「卒業証書、青木創――」

 練習なのに、練習だから良かったのか、厳かに進行していたはずなのに、ステージから降りるときに階段を踏み外してしまい、体育館内は一斉に笑い声で沸いた。
 ……もう、いやだ。
 これは本番までトラウマになる。それにこの衝撃でいくつか英単語忘れた。


  □□□


 ぼんやり……。

「おい、創、風呂入ったか?」
「……んぇ?」

 俺はまだ制服のまま、ダイニングのテレビを見ているようでそれより遠くに視線が行ってて、実は全然見ていなくて、手には箸を持ったまま、カップラーメンはもう汁がなくなるほど伸びて冷めている。もう九時だし!
 今日は俺の方が帰りが遅く、父さんは先にご飯食べて風呂に入っていた。帰宅して夕飯を食べ始めたのは確か七時半ぐらいだったはず。風呂から上がった父さんは自分の部屋に行ってしまってダイニングには俺ひとりだった。
 なのに九時? どういうことだ? すっかりぼんやりしてしまって……。
 と、ここで本日何十回目のリピート再生が始まる。市営アパートの影で……。

 ――バン!

 箸をテーブルに叩き付ける。
 いかん、いかんぞ。今思い出したら悶絶してしまうぞ。堪えろ、父がダイニングから出て部屋に戻るまでは!
 なにのんびり冷蔵庫の前で冷蔵庫あけっぱなしで麦茶飲んでるんだよ、部屋に持って行けよ!
 いやいや、俺がさっさと風呂行けばいい。制服をダイニングで脱ぎ散らかして洗面所に飛び込む。ふと鏡に映る自分と目が合うけど、なにニヤけてんだよ、気持ち悪いな! そのぐらいじわじわとニヤニヤがにじみ出ている。さ、まず冷水シャワーで頭冷やしましょうね。

 まぁ、その場の勢いというものもあります。あの場合はもう、そうしたかったというか、ね。そうせざるを得なかった。
 悲しませていたことに変わりなかった。それを埋めてあげなければと思った。
 確かに俺は部活で帰りが遅い。それをいい訳に、メールや電話で済ませていた。付き合うって、そういうのだけじゃダメだった。疎いっていうか、初めてだから、そういうの全然分かってなかった。
 俺だって逢いたくない訳じゃない。だけど、羽山だって家事をしなければならないし、親父さんも仕事が終われば帰宅する。それを気にすると、どうも部活帰りに逢いに行ってお父様に遭遇したら.……なんて考えると少々引ける。他人んちのお父さんってどうも怖い感じがするのはなぜだろう。
 さてと、明日からはできるだけ早く帰るようにして、家事の邪魔とお父さんとの遭遇はできるだけ避ける形で羽山に逢いに行かねば、だな。
 ……ホントに、中学在学中にはこういう関係になるなんて予想さえしていなかった。中学を卒業して三ヶ月ぐらい。どこで何が起こるか分からないものだな。


 そして、俺の誕生日、六月二十三日。この日は平日ではあったが、運よくテスト期間中で部活は中止だった。
 羽山の学校もちょうどテスト期間で、とは言っても彼女は部活動をしていないので帰る時間は通常通り。待ち合わせは三叉路にあるあのコンビニ――だったけど、途中で会ってしまった。これは初遭遇。

「コンビニ寄らないでウチ来てよ。あげたいものがあるんだ」

 と嬉しそうに言ってくる。プレゼントがあると察していいのか? 過剰なぬか喜びじゃないよな?
 あげたいもの?
 ま、まさか!!

『お父さん、まだ帰らないから……イイヨ』

 ちょ、まだ早すぎゃしませんか! 何も準備してない……。

 ――ただの過剰な妄想だ。

 まだ二度目のアパートの一室、羽山家。
 準備するからと羽山の自室へ通される俺。
 準備? シャワーを浴びてから的なあれ?
 よいよ、俺の準備の方ができてなくて視線きょろきょろ、心臓バクバク。
 そして間もなく開くドア。

「お待たせしましたー。コーヒーより紅茶の方がたぶん合うと思うんだー」

 羽山は制服のままだった。髪も濡れてはいない。持っていたのはトレー。ティーポットと二つのカップ、それからケーキ?

「今日はもう焼く時間ないかなーって思って、昨日焼いといたんだー」

 クリームでデコレーションされたものではなく、シンプルなプレーンのパウンドケーキだった。

「まだ日が浅いから、アレルギーや好きなものとか嫌いなものとか分からなかったから、プレーンだけどね。小麦粉、卵のアレルギーない?」
「うん、アレルギーはないよ、大丈夫。それに特にキライな食べ物もないと思う」

 誰だよ、よからぬ妄想をしてたヤツは、俺だ。
 しかし、まさかこのようなものが出てくるとは思いもしなかった。
 ケーキは甘いけどしつこくなくて、ついついもう一個もう一個と手が出てしまう。キリがない。それに、コーヒーより紅茶は大正解、ベストマッチだ。
 家事ができて料理がうまくて、そのうえお菓子も作れて……優しくて、一途。ほんと、俺なんかにはもったいない……けど、誰にも譲る気はない。

「って待てよ、この前の朝食に食パンと卵出てたじゃん!」
「あ、そうだ、小麦粉と卵だ!」

 アレルギーも何も……今更じゃないか。


 話をしながら、ケーキのほとんどを俺が食べてしまい、陽は傾く。
 日が長くなり始めているので、気付いたらいい時間だ。羽山はもう夕飯の支度をしなければならないだろう。

「じゃ、帰るね。今日はありがとう」
「いえいえ。あ、あとプレゼント……」

 と、学習机の引き出しから包装された箱型のものを取り出して渡してきた。

「何がいいか分からなくて、たいしたものじゃないけど……」
「ありがとう。ホントに誕生日が逆じゃなくて良かった。俺だったら何もできなかった」
「そんなことないよ。一緒にいられるだけで、私はいいから」

 抱き寄せて、キスをして、その日は別れた。
 また明日コンビニで、と約束を交わして。

 アパートの階段、出入り口にて一人の中年男性とすれ違った。
 どこかで見たことある? そんな気がして帰りながら考えていたのだが……、

「さっきの、羽山のお父さんだ!!」

 もうちょっとのんびりしてたら、羽山の父さんがもう少し帰りが早かったら、遭遇してた、完全に。今日のはニアミスか。あぶねーあぶねー、気をつけよう。まだ面と向かってお付き合いしてますなんて言えるほどの度胸はない。

 などと考えていたら、帰りに夕飯を買い忘れてしまった。
 冷蔵庫を開けても、飲みかけの麦茶、空のペットボトル(捨てろよ)、いつ買ったか謎のちくわ、消費期限が四月? 
 ここはカオスか、はたまたタイムマシンか。
 いつからそこにあるのか分からない生米研いで炊いて食べる度胸はない。
 さぁどうする? 悩む必要はない、「買いに行く」これ一択。
 このタイムマシン冷蔵庫はまた後日、片づけるとしよう、という建前で見なかったことにして、帰って早々また家を出て来た道を戻るとかもう、どういうことだ。

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職業:
創作屋(リハビリ中)
趣味:
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自己紹介:
元々はヘンタイ一次創作野郎です。
絵とか文章とか書きます。
二次もどっぷりはまってしまったときにはやらかします。
なので、(自称)ハイブリッド創作野郎なのです。
しかし近年、スマホMMOにドップリしてしまって創作意欲が湧きません。
ゲームなんかやめてしまえ!

X(ついった)にはよくいますが、ゲーム専用垢になってしまいました。
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